~第7話~
コロッセオは騒然とした雰囲気に包まれていた。
あいつは誰なんだ、そんな声が至る所から聞こえてくる。
「おい、健吾……あいつは何なんだ?」
そんな中、里奈はハルと接点をもっているらしい、健吾に尋ねる。
しかし、健吾は首を横に振って答えた。
「俺も……詳しいことはわからん。わかるのは、天城ハルって名前だけだ」
ちなみに、健吾の隣に座っている蓮華は、現在放心状態。
色々と事が起こりすぎて、ついていけなかったのだ。
「天城か……あの話、どう思う?」
「魔法のことか?」
「そうだ」
健吾はしばらく考え、口を開いた。
「あいつの言ってることが本当だとしても、あり得ない話、ではないな。余程特殊な環境にいたんだろう」
「特殊な環境ね……面白い」
「……あいつ、合格か?」
「ふっ。そんなこと、私の立場から言えるわけないだろう」
そう言った里奈は、獲物を見つけた獣のようにほほ笑んだのだった。
*****
『~♪~♪』
「?」
ハルが去った後も、しばらくその場に突っ立っていたルークの携帯が鳴った。
「もしもし?」
ポケットをまさぐり、何の考えもなしに通話に応じたルークは、その行動を悔やむことになる。
『どういうことだい? ルーク先生』
底冷えするような声が携帯から聞こえてきて、ルークは思わず身体を硬くした。
「せ、先ぱ……か、神埼先生」
電話の相手は、ルークが若い頃から最も尊敬する先生で、昔も現在も先輩・後輩の関係にあたる人物だった。
『今の衝撃、ルーク先生だろう? この試験で教員が魔法を使うのは、禁じていたはずだが?』
「は、はい。その通りです。しかし、これには深いわけが」
『ほお……聞こうか』
「実は……あまりにも、闘いに白熱してしまいまして」
『…………』
「……あの?」
『……ルーク先生』
「は、はい!」
『殺すぞ』
「ひ、ひぃ! ち、違うんです! その相手、天城君って子が驚くほど素晴らしい才能を」
『はぁ、それ以上喋ったら、本当に殺……天城? ……もしかして、天城ハルか?』
「は、はい! ご存じでしたか?」
『まあな……そんなに強いのか?』
「ん~、強いかって言うと難しいんですね……総合的な強さなら、桜楼の二年生程度ですね。ただ、彼は発展途上ですから」
『そんなの、若い奴は全員そうだろう』
「まぁ、そうなんですけど……彼の場合、才能の底が全く見えないんですよ……もしかしたら、彼の才能に底なんてないのかもしれません。何にせよ、彼の実力は実際に見てみないとわからないと思います」
『……ミキも同じ事を言ってたな』
「え?」
『いや、何でもない。もう切るぞ……ああ、それから』
「?」
『君は三ヶ月減俸だ』
「そ、そん! ……切れた」
ルークはその場でガックリと肩を落としたのだった。
*****
「はぁ、はぁ……はぁ~」
巨木の枝に座り込み、大きな幹に身体を預けるハル。服は汗でびしょびしょだ。
(ったく、なんだよあの威力……まともに相手出来るかっての)
ルークの[サンダーボルト]の威力を思い出し、身震いする。
上手くルークを欺いたハルだが、その実、逃げる時は死に物狂いだった。
(余裕ぶってたけど……かなりギリギリだったからなー)
今も、冷や汗が止まらない。
「だいぶ遠くまで逃げたっぽいけど……もう、大丈夫かな?」
ここからハル達が闘った場所まで、軽く数キロはある。その距離をたったの数分で移動した事に気付かないハルは、本当にルークの魔法を避けるのに必死だったのだろう。
(あの人が追って来てる様子は……ない)
「よかった……はぁ」
ようやく緊張を解いたハルに、疲れがどっと押し寄せた。
「……ん?」
その時、ここから目で確認出来る距離で、闘いが繰り広げられていることに、ハルは気付いた。
(あれは……)
ハルの目に映ったのは、ポニーテールが特徴的な一人の少女と、彼女を囲む数人の男、そして、地面に転がる十数人の男達だった。
(あの人達を倒したのは、女の人か?)
男達の実力はわからないが、仮にも桜楼の試験を受けているので、中途半端な強さではない。それを、彼女一人で倒したのだとしたら、間違いなく強者の部類に入る。
「はぁ、はぁ……クソ」
男の一人が、息も切れ切れに、呟いた。
他の男達も、肩を大きく上下させている。
「…………」
少女の手に握られているのは、一振りの≪刀≫のみ。
しかし、少女を取り巻く男達は、自分達が優位に立ってるとは、到底思えなかった。
「ぐ……あぁー!」
一人の男が、意を決して、少女に攻撃を仕掛けた。
「おぉー!」
それに釣られて、他の男も一斉に動き出す。
「…………」
刀を構えた直後、少女はその場から消えた。
「ぐっ」
「あぁ」
その一瞬後、二人の男が倒れ込んだ。
二人の後ろには、刀を振り切った体勢の少女がいる。
そして、少女がまた消えた。
(おぉ……凄い)
思わず身を乗り出したハルには、男達の間を縫うように駆ける少女が、一迅の風のように見えた。
「くそ! はえぇ!」
叫ぶ男も、数瞬後には少女の刀の餌食となっている。
そして、またたく間に、全ての男が地に伏したのだった。
「ふん……」
少女が鞘に刀を納めると、パチン、と小気味いい音が響いた。
(格好いいな……俺も、刀とかが使えないわけではないんだけど)
彼女のような扱いは出来ない。
(竜国では基礎しか教えてもらえなかったし、かといって、一人じゃ限界があるしな……お?)
そこで、ハルは気付いた。
「…………」
少女がこちらを睨んでいることに。
(ば、ばれてる)
気配は消していた。
しかし、それ以上に彼女の感覚が鋭かった。
(逃げ……られないか)
先程のルークの時と違って、相手は自分を視認している。ここで下手に背中を見せたら、頭のハチマキを一瞬で切り落とされるかもしれない。
(仕方ない)
ため息をつき、ハルは少女の元に向かった。
「どうも」
と、ハルは努めて余裕ぶって声をかける。実際はかなり焦っているのだが。
「覗き見とは、趣味がいいとは言えないな」
少女が切れ長の目を更に細める。
「返す言葉もありませんね」
苦笑気味に答えるハル。
「ふん」
少女はハルを一睨みし、鞘から刀を抜いた。
「やっぱり、やりますか?」
「そのために来たのだろう?」
「……まあ」
(本当は闘いたくはないけど)
だが、そんな事を言って、この少女が見逃してくれるとは思わなかった。
(……肩、大丈夫かな)
応急処置だけしてある左肩が気掛かりだったが、闘いで泣き言は言っていられない。
「行くぞ」
少女が構えると、辺りの空気が一気に張りつめた。
「……はぁ!」
距離を詰めた少女の、左から右への一閃。
「っと」
それを、背後に跳んで避けるハル。
「ふっ!」
少女は勢いを殺さずに、連続で斬りかかった。
「ほっ、とと」
そのことごとくを避けるハル。
(確かに太刀筋が綺麗だけど……その分、読みやすい)
ルークとの闘いで身体は疲れているが、感覚が十分に研ぎ澄まされているハルにとって、少女の刀を紙一重で避けるのは、それほど難しいことではなかった。
「……ちっ」
舌打ちをした少女が足と腕に≪氣≫を集中させると、
(!? いきなり、速く!)
少女の速度が何倍も増した。
(これが、氣の応用ってやつか!?)
「くっ……あ、やば」
「もらった!」
避けるタイミングをずらされたハルの頭上から、少女の刀が迫る。
「あっ、ぶな!」
ハルはその刀をギリギリの所で、両の掌を合わせるように防いだ。
「!? 真剣白刃取り、だと!?」
「成功、っと!」
「ぐっ!」
「もう一丁!」
少女の腹に蹴りを放ったハルが、再度蹴りを繰り出す。
「ちっ!」
ハルの二度目の蹴りを少女も脚で受け、二人の脚が交錯した。
この時、少女の身体を支えているのが右脚一本だけになり、土台が不安定になった少女の力が少し緩んだ。
(今だ!)
その瞬間、ハルは刀を挟んでいる両手を手前に引いた。
「っ!?」
自然と、少女の身体が前のめりになる。
そして、
「ごめんっ!」
ハルは前に突き出された少女の頭に、思いっきり頭突きをかました。




