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第八話 足りなかったはずが、増えた

「どうしたの?」

 友永がすぐに気づいた。

「あら」

 皿を見て、小さく首を傾げる。

「一つ足りないのね」

 そうなんですよ、と説明しかけたところで——。


「おやおや」

 初江課長が覗き込む。

「本当だ、一つ足りないね」

 にこやかなまま、続ける。

「桜餅には厄除けや健康を願う意味があるからねえ。気になる人が出るかもしれないよ」

「……え」

 近くで聞いていた柚木の顔が、途端にさっと引きつった。

「ま、魔除け厄除けの意味がある桜餅が足りないなんて」

 声が、わずかに震える。

「よくないことが起きるわ!!」

「いや、そこまでじゃ——」


「落ち着け」

 赤穂が間に入る。

「ちゃんと確認したのか?」

 唐津がすぐに続く。

「そうそう。あと例えば、せっかちな誰かさんが先に食べちゃったとかさ」 

「おい」

 猪谷が顔をしかめる。

「俺を疑ってんじゃねえだろうな」

「いや別に名前は出してないけど」

「言い方だろうが」

 空気が、じわじわと荒れ始める。


「やめとけ」

 山鹿が声をかける。猪谷は不満げに振り向いた。

「……お前さ。花見の件からずっと、何かと”やめとけ”ってうるさいんだよ」

 苛立った声だった。

 山鹿が眉をひそめる。


 百田が一歩出た。

「騒ぐと迷惑がかかる、落ち着け」

 その声で、逆に空気が張る。

「……ああ?」


(まずい空気だ)

 神崎が焦りながら言葉を探す。

「えっと、だから——」

 まとまらない。


 そのとき。

「購入時の控えはあるのか」

 アイリが静かに言った。一瞬で空気が止まる。

「……あります!」

 神崎は紙袋を探り、控えを取り出す。数を確認して、気づく。

(……あ)


「……すみません。最初から、足りてなかったです」

 全員の視線が集まる。

「去年の数を参考にしていて。自分の分……入れ忘れていました」

 沈黙。

 壇上が短く息を吐いた。

「お前……」

 呆れてるとも戸惑ってるともつかない声だった。


「まあまあ」

 西蓮寺が穏やかに笑う。

「拙僧の分を分けましょう」

 空気が、少しだけ緩む。


 そこへ。

「……失礼します」

 隣の情報課のエリアから、ふいに長谷川が顔を出した。

「何かあったんですか。さっきから少し騒がしかったので」

「あ、すみません。実は……」

 神崎から事情を聞き終えると、長谷川は少し困ったように言った。

「実は、うちも少しトラブルがありまして。自動発注をかけたら、システムのエラーで……桜餅が大量に届いてしまって」

「え」

「よかったら、お使いいただけますか」

 長谷川が箱を差し出す。中には、クレープ状の桜餅。

「長命寺になりますが、それでもよろしいですか? そちらのは道明寺みたいですが」

「……いえ、そこは別に。助かります」

 その場の空気が、一気に和らいだ。


「足りなかったはずが、増えるとはねえ」

 初江が嬉しそうに笑う。

「これはこれで、縁起がいいかもしれないよ」

 柚木が首を傾げる。

「ええと……じゃあこれは。不吉な予兆じゃなく、むしろ幸運?」

 唐津が片目をつぶってみせた。

「結果オーライってやつだね」


 ゆるみかけた空気に、不穏な足音が差し込む。

「……何か騒ぎがあったと聞いたが」

 監察課の職員だ。見回りを終えて戻ってきたところらしい。

「もう問題ありませんよ」

 神崎は微笑みながら答え、少し考えてから桜餅を差し出す。

「よろしければ、どうぞ」

 わずかに間があって、受け取られる。その様子を見て、場の空気がさらに和らいだ。

「……酒はともかく、このくらいなら」

 監察課の職員が短く返して、踵を返す。


 長谷川は少し離れたところで立ち尽くしていた。アイリが気づいて声をかける。

「先ほどは助かった。提案に感謝する」

「……いえ、そんな」

 一瞬、固まる。耳が少し赤くなる。

 神崎は思わず笑った。


「じゃあ、せっかくだし」

 桜餅を手に取る。

「食べ比べしますか」

 あちこちで「いいねえ」「前から気になってたんだ」と声が上がる。

「ちなみに、葉っぱって食べる派ですか? 俺、結構これが好きで」

「そのわりには自分の分を忘れてたじゃねえか」

 猪谷が口元をゆるめながら言う。


 場に、穏やかな笑いが戻る。


 桜は、変わらず静かに揺れていた。

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