第七話 流出
朝の会議室。
大型モニターには、真っ赤に沈むナスダックの数字が映っていた。
圭介が売りまくった「米ハイテク株連動仕組債」。
利回りの甘言に釣られた顧客の投資は、わずか数日の急落で一気に四十億の損失に化けていた。
「……現時点での被害額、四十億」
法務部長の声は、冷たく張り詰めていた。
役員たちの視線が一斉に圭介に突き刺さる。
「中村、お前、顧客に“元本保証に近い”と説明した記録があるな」
「契約条項には一切そんな保証はない。これは虚偽説明と取られても仕方がないぞ」
圭介は額に汗を浮かべ、必死に抗弁した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! “ほぼ”って意味で……それに相場急落なんて誰も予想できなかった!」
だが、その声は誰の耳にも届かなかった。
*
昼過ぎ、さらなる報告が社内を震わせた。
「……社内資料が外部に流出しました」
若手社員が青ざめて報告する。
そこには、圭介がリスクを十分把握していたことを示す内部メモ、
そして顧客に「安心安全」と口先で誇張して売っていた営業記録が含まれていた。
会議室に重い沈黙が落ちる。
圭介の心臓が跳ねた。
(……みくる。あの女か……!)
慌ててスマホを取り出し、みくるの番号を押す。
だが返ってきたのは、無機質な音声だけ。
《おかけになった電話番号は、現在使われておりません》
「……は?」
耳に響くアナウンスに、背筋が凍った。
何度かけても同じ。
昨夜まで笑顔で腕に絡みついてきた女は、煙のように消えていた。
(最初から……俺をハメるために近づいてきたってのか……?)
だが答えは出ない。
資料はすでに外に出てしまった。
そしてそれを握っているのは、弁護士・橘凛だった。
*
会議室に戻った圭介を待っていたのは、冷酷な宣告。
「中村。君には“自宅待機”を命じる」
役員の一言に、圭介は言葉を失った。
肩書も信頼も、足元から音を立てて崩れていく。
エリート街道を突き進んでいたはずの人生は、ついに奈落への坂を転げ落ち始めていた。