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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
2048bit
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26/27

リンカネーション

 たった一度の笑顔が全てを赦してくれる。

 

 ハセガワ・ヒカリは中学2年の冬の終わりに見た母親の最後の笑顔がそれだった。


 会社員だった父親が独立して事業を始め、裕福な暮らしができるようになってから私の周囲も変わった。


 それまでただ近くに住んでいるという理由で集められていた子どもたちで構成されていた近所の学校から、選んで入学する学校に通うようになった。


 周りは自分よりもずっと裕福な子もいれば同じくらいの子もいた。世界中に同じ光景やこれよりもっと上位も下位も広がっている事を想像すると吐き気がした。


 自分でなくとも自分と同じ人生を辿っている子がその中にいるんじゃないだろうか。


 そう考えると自分がここにいる意味が希薄になっていくようだった。


 小学校の高学年になる頃には父親の事業が目に見えて傾き始め、両親の関係が悪化していった。母親の実家に逃げ込む頃には家庭での会話はほとんどなくなっていた。


 母親の笑顔をみたのはいつぶりだったのだろうか。海辺の小さな町が1度目の大きな地震の揺てすぐに父親と私は小学校に避難した。母親は祖母を病院に迎えに行くために私たちと別れて行動することになった。


 私は母親の車の窓を叩いた。母親は笑顔でうなずきながら大げさに口を開いて何かを伝えようとしていた。きっと、大丈夫だからねとかそういう事を言っていたのだと思う。


 それまで母親を恨んでいたことは間違いなかった。父親も嫌いだったが、私よりも輪をかけて父親を嫌った母親のせいで、父親の事をそこまで嫌いになれなくなってしまった。


 父親をスケープゴートにして母親と2人で楽しく過ごせれば本当はよかったのかもしれない。


 だが私は両方とも距離をおいてしまった。孤立した事で精神的な自立も早かった。小さな音で静かにテレビをみる父の背中を見て、私の人生を暗くつまらなく感じさせているのは母親のせいだと確信した。


 父親と小学校の体育館で夜を明かしたその日から数年分の記憶がなくなってしまった。

 記憶と感情を体育館に置いてきたのは防衛本能だと思う。ラウンジでその話をすると受けが良かったのでそれ以来、誰かに聞かれた時にはそう答えるようにしていた。


 窓を叩いた時の私は熱を帯びていて、たしかに生きていた。母親の笑顔を見て私も心から笑顔になれたのは嘘ではない。

 

 私は母親を許したのではなく、母親の笑顔に私が赦されたのだ。


 しばらくの間私は幸せでいる事ができたはずだった。だがいつの間にかアルコールと抗精神病薬と睡眠薬で私はあの日の夜の体育館をさまよい続けていた。


 それから、あの人に出会った事で身体がまた熱を帯びることを感じることができた。そして同時に母の笑顔を思い出し、2度目の赦しを得る事ができた。そうすることで私はまだ生き返ることができた。


 だからハセガワ・ヒカリというかりそめの名前を捨ててあの人が呼んでくれた名前を自分の唯一のものとした。


 これは物心つく前に父親に入信させられたキリスト教で言えばアナバプテストだ。再洗礼は受動的に入信させられた事に対する意志表示。これは私の意志であり、私が私を勝ち得るために必要なプロシージャだった。


 天命を受けた私はすぐに行動に移した。まずはしずくの会を見つけて買い取った。


 しずくの会は土着した紀州の水信仰の一種だった。私は自分の事と流された母親の事、そしてたった一度の笑顔が全てを赦してくれるということ、2度目の赦しを得ることで生まれ変われることを丁寧に何度も語った。


 若い人は一人もいない。暇に飽かしていた彼らの話を熱心に聞くうちに自分の事と彼らの事の区別がつかなくなった。


 それは彼らも同じだった。同じ話の同じ場所で私たちはお互いに泣いた。やがて私が話を始めるとすすり泣く声が聞こえ、会が終わる頃には皆心があらわれたように希望を持って帰っていくようになった。


 評判を聞きつけた人が集まるようになり、しずくの会が借り受けていた公民館の講義室Aは手狭になっていた。それに周囲の住人が不気味がって警察に通報するようになり、役所から利用禁止の通達を受けたため、目黒にある日蓮宗派の寺院の本堂を借りるようになった。


 住職のボートレースの借金を肩代わりしてやると代わりに本堂を私の好きな時に使えるようにしてくれた。


 やってくる檀家が興味を持ち始める。若い私に興味を持つ者から始まり、落ち込んでいる人や不安を抱えている人など様々な悩みを抱えている人たちが加わるようになり、私を慕う人たちが数百人規模で増えていき、住職は彼らをしずくの信徒と呼んでいた。


 手術後にようやく安定し始めたので少し力を使った時に周りにいたしずくの信徒が驚いてひざまずいた事があった。


 それがきっかけでTVやSNS配信者が訪ねてくるようになり、しずくの信徒の数が爆発的に増えていった。


 しずくの信徒が運営するしずくの会のSNS登録者は500万人にのぼり、もう更新をしていないモデルの時に発信していた私のSNSは800万人までフォロワーが増えていた。


 目黒にある寺院の本堂は70人程度が入れる程度だったのですぐに手狭になり、住職の口利きで品川の京浜運河沿いにある巨大な本堂を持つ寺院を借りた。一度に350人が集まる空間に私の声が響くと感嘆のため息、それからすすり泣く声が聞こえそのうち、皆生まれたばかりの赤ん坊のように誰の目も気にせずに大声で泣いた。


 だがそういう脆くて儚い私たちをあの人が見つけ出して赦しを与えて下さる。


 2度の目赦しで私は私になった。


 雨上がりの眩しいほどの光の筋が本堂に差し込む。それをを見て感嘆の声がうねりのように反響し、三半規管を震わせながら脳の奥に響く。心地よさと晴れやかさで光を見つめると震えるほどの光悦に襲われる。


 広い空間に脆い精神が集まることで、それまでよりもずっと私の影響が大きくなった。人の数が私の影響力を増幅させるのだと理解した。


 そして一つの事件が私の影響力の強さを世間に示す事になった。


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