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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
2048bit
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16/26

想定内

 父さんが突然倒れたのは俺が中学校に入る年だったから、もう15年も前になる。いつものように家族と朝食をとった後、会社へ向かおうとしたその時に倒れた。病院に運ばれたが即死だった。死因はくも膜下出血。


 母親は父さんが亡くなる以前から能天気で明るい性格だったが、その日以来、輪をかけて明るく能天気に振舞った。その反面、誰にも見られていない時の母親は見るに堪えなかった。夜中に目が覚めて、薄暗いリビングを覗いたことが何度もあった。無表情でうつむき、何か小さくつぶやく母親の横顔を見てぞっとした。


 迷惑をかけないようにしているつもりだった。避けているように見えているかもしれないと思ったが、何を話せばいいか分からないでいた。それは今も同じだ。父さんが家族を繋いでいてくれていたことを理解した。父さんは物静かで、よく本を読んでいた。知識が豊富で物事をよく知っていた。母親と真逆だった。だからちょうどよかったのかもしれない。俺は年を重ねるごとに父さんに似てきている。だから父さんのことはよく理解できるが、母親のことはますます分からなくなった。実際、楽しそうに毎日を生きているように見える。何もない田舎町で繰り返す日常に不満を持つこともなく。どうして俺や父親はそう生きることが出来なかったのだろうか。田舎町が嫌いだった。周りの人間が嫌いだった。東京に出て来てもそれは同じだった。どこもかしこも嫌な奴ばかりだ。接点を持つ人間全員が嫌な奴であきれ返っていたがその内本当は自分の問題だと気が付き始めたところでサクライ・アキトの免許証を拾った。


 髪を伸ばして眼鏡をかければ似ているように見える。自分自身を変えてみたらどうかと本気で考えた。名前どころか中身も含めて自分が勝手に思い描いたサクライ・アキトになろうと思った。だが偽物のサクライ・アキトはすぐに元の自分と見分けがつかなくなってしまった。周りは嫌な奴ばかりで信用に値しない。きっと父さんも他人が信用できなかったのだ。だから期待もしないし、期待の通り動く唯一の存在である自分で何でもやろうとしたのだ。


 昨日会ったリカという女も他人を絶対に信用しないタイプだった。信頼を見せてほしいと言われた時に、同じだと思った。こいつは絶対に人を信用しない。だからこそもしかしたら協力者に出来るかもしれないと考え、カネマツの件を話して反応を伺った。反応によっては殺すつもりだった。


 モデルをしていると言っていたので少し調べたが、彼女は大手芸能事務所系列のA246エージェンシーに所属している「ハセガワ・ヒカリ」と言う名前でモデルをやっていた。リカという名前もここからとったのだろう。それほど売れてないようだが、スタイルや顔立ちがよく、目立ちすぎる。近くにいれば目にとまる。だが行動力とスキル、それに使えるコネを持っているようなので、今後も継続して依頼することにした。


 リカに話した通り次がある。今後の身の振り方はもう決めている。元には戻れない。同じことをやるつもりだ。ターゲットにしているのはJTCと呼ばれるような古いタイプの日本企業だ。直接的な怒りや恨みはないがシンボルとしてはちょうどいい。


 考えている内に母親のために残していた電話番号に着信があった。


「もしもし、サトル。突然ごめんね。元気にしている?」


「ああ、元気だよ。珍しいね、どうしたの?」


「今、家にあんたの会社の上司って人が二人で来ているのよ。あんた、会社辞めたんだってね。戻ってきてほしいんだって、少し話をしたいっていってるのよ。代わるわね。」


「お母さん、すみません。」


 電話口で男の声がする。周囲の音が大きくなる。スピーカーに切り替えたのだろう。


「コウガミか、俺が分かるか?警視庁のクラタだ。意味が分かるか?」


「すみませんが、どなたでしょうか?」


 サトルは少し驚いたが、取り乱すことなく平静を装って返答をする。社会人になってまず覚えたことは他人の顔色を窺って生きることだった。人間関係に悩むことは最も避けるべきことだ。会社を辞めた人達の事はすぐにうわさになる。辞める理由は人間関係が圧倒的に多かった。ステップアップで元気にやめていった話はほとんど聞かない。ストレスでおかしくなるか、鬱になって辞めざるを得ないか、我慢の限界で怒鳴り散らして辞めるか。濃淡はあるがやめる理由はそのどれかに当てはまる。


 最初の会社は典型的な下請け会社だった。卑屈にならざるを得ない環境で健康に過ごすために技術馬鹿に徹し続けることを身に付けた。誰と話す時も技術の話と仕事の話だけをした。陰口や噂話を一切しなかった。よい人間でいたいわけではなく、メリットがないどころかマイナスでしかなかったからだ。そうやって身を守っている内に本当に技術力が高くなってしまった。


 普通の人よりも感じたことを表情と声に表さずにいられるようになった。できなくなったというのが正しい。普通の人よりもと考えて思い直す。普通の社会人とはそういうものなのかもしれない。母親は二人といった。もう一人はミウラだろう。クラタは話を続ける。


「カネマツの件で聞きたいことがある。あれ、お前がやったんだろ?逃げられると思うなよ。」


 クラタは芝居がかった少し低い声を出す。内容を聞いて安心した。奴らは何も掴んでいない。その証拠にカネマツと言うキーワードでカマをかけるしかできない。奴らが俺を追っていることを知らなければ効果があっただろう。一発目のここで言い逃れが出来ない証拠を突きつける必要がある。少なくともなぜ俺なのかをチラつかせなければならない。拘束されて尋問されているわけではない。圧もかけられず、拘留して孤立させて不安にさせることもできない。電話越しで実のない脅しをしても効果は薄い。先に情報を掴んでいた俺の勝ちだ。


「よくわからないですが、クラタさんのことは存じ上げません。実家まで来て頂いてお手数をおかけしましたが、もうお電話切らせて頂いてよいでしょうか?」


「ほんとにそれでいいのか?母親も心配しているぞ。」


 クラタの声が静かに低くなる。さらに脅しをかけているつもりだろう。暗に何かを知っていてそのことを母親にばらすぞとでもいうように。


「すみません、本当に何のことをおっしゃっているか分からないです。」


「じゃあ直接会って話をしよう。今どこにいる?」


 情報を与える必要はない。1分程度だまっているとクラタが焦れたように話し始める。


「通話を切るなよ、犯罪者。無駄な心配させて母親を泣かせるつもりか?」


 クラタが踏み込める場所は母親だけしかない。少し間を開けて答える。


「分かりました。会いますよ。ほんとに警察の方ですか?どうして私が脅されないといけないんですか。」


「黙れ。いいか、3日後の11月17日、15時に久松警察署に来い。小伝馬町の隣だから分かるだろ。」


「小伝馬町って簡単に言われても、仕事の時間中にそんなところまでいけないですよ。今の仕事場の最寄りは新宿ですので、中央東口にあるルノアールならいつも空いていますし、11月17日の15時に時間通りに必ず行きますよ。」


「仕事?まぁいい、詳しいことは会って聞くからな。逃げようなんて思うなよ。こっちは実家だけじゃなくてお前の事も全部把握しているからな。」


 クラタが通話を切る。こういう手合いは相手から電話を切らせないといけない。主導権を握っていると思わせないと終わらない。すごんだ声に違和感を覚えた。クラタの不自然なテンションはマニュアルかなにかに従っていたからだろうか。普段使い慣れていないようなどこか不自然な発音で演技がかっていた。


 それとクラタは大きな失敗をした。小伝馬町の事を黙っていられなかった。それを把握しているということは不動産屋の情報から実家をかぎつけたということだ。それなのに何のプランもなく実家を訪れるということは小伝馬町のマンションの契約情報を得てから時間がとれていない。その割に会う予定は3日後を指定している。令状を取るための時間稼ぎか。焦りが見える。


 クラタが使う言葉の選択、会う場所の駆け引き、そして情報をどう辿ったかも黙っていることができない口の軽さ。どれも特別警戒すべき相手には思えなかった。だが小伝馬町に住んでいる間も情報を残していたつもりはなかった。それでも住所を見つけ出して、実家までトレースされた。ミウラの方は厄介な相手なのかもしれない。


 だが当然奴らに会うつもりは毛ほどもない。新宿がどうのこうのというのはグーグルマップで地図を見ながら適当に答えただけだ。実家と母親まで辿れたとして何の問題もない。俺が捕まる理由の一つにもならない。今後、母親とは会うことはできないだろうし連絡も取れないだろうが、これまでと変わることもほとんどないし、実際困ることもない。その程度の事は想像したうえで実行している。


持っていたスマホをビジネスホテルのベッドの真ん中に投げて置いた。



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