別視点 少年を救う魔法少女2
カンナの頬に触れていたリンネくんの手が、力を失って落ちるのが見えた。
泣き叫びそうになるのを、なんとかこらえる。
まだ終わっていないことに、かろうじて気がついたからだ。
肩越しに振り向いたカンナの目が、アルトの姿を捉えていた。
アルトは一瞬だけ苦々しい顔をして、即座に移動した。カンナのそばに近づくと、彼女の脇を素通りし、リンネくんの体に取りつく。そしてすぐさま、アルトとリンネくんの周囲を覆うようにダイヤモンドみたいな結界魔法を展開した。
始祖の触手がカンナの全身に巻き付き、彼女を絞め上げていた。
見えないだけで、わたしたちはすでに四方を触手に取り囲まれているらしかった。ぎちぎちと軋むような音が全方位から聞こえて、見えない恐怖で取り乱してしまいそうになる。
けれど、カンナに抵抗するそぶりはなかった。先ほどアルトを射るように見ていた目で、今度はわたしを見た。
その視線の意味を正しく理解できたのかは、自信がない。それでも、想いは一緒だと思ったから、わたしは頷きを返して、二刀を構えた。
悔しいな。そんな気持ちが一瞬だけ頭をよぎる。カンナには今できることがわかっているのだ。
全員はもはや救えない。それならどうするか。
カンナは判断し、決断した。あまりに早い。わたしには見えていないものが、彼女には見えている。畏敬の念と同時に、気後れしている自分がみじめに感じる。
まあいい。今はよそう、と考えを切り替える。カンナに託された最後の仕事を果たすために、全力で集中するだけだ。時間がない。チャンスは一度きりだ。
空間座標を特定。開ける大きさは、大きすぎも小さすぎもしない、適切なサイズに。始祖が逃げ出さないよう、一瞬で終わらせる。
大丈夫。わたしはできる。
わたしだって魔法少女なんだ。
わたし、浅倉レナは空間を操る魔法を得意とする。
封印魔法によって次元の狭間に始祖を送り込むことはうまくいった。今度は逆をする。
リンネくんをわたしたちの世界に送り返す。
次元断。空間を裂き、次元を超越して行き来を可能とするわたしの魔法。
魔法を籠めた愛用の二刀を、祈るような思いで振り下ろす……そのはずだった。
触手がわたしの体の自由を奪っていた。左足、右腿、腹部、首、右腕に絡み、ぎゅうと絞め上げる。その凶悪な圧迫感で「ぐうう」と蛙みたいな声が鼻から抜けるように出た。
苦しい。痛い。目玉が飛び出そうな感覚がして、がんがんと頭が痛む。
けれど。舐めるな。
まだ左腕がある。
手遅れになる前に、一気に振り下ろした。
手応えとともに、光が差し込んでくる。
アルトの結界魔法に包まれたリンネくんのちょうどいる真上に、空間の裂け目が現れる。裂け目はダイヤモンドを飲み込むと、すぐにぴっちりと合わさって閉じられていく。
何本もの触手が、ダイヤモンドを貫くように縦横に走った。
無駄だ。わたしはにやりとする。アルトとリンネくんはすでに閉じた次元の向こう側にいる。すぐそこにいるように見えても、ベール越しに干渉することなどできない。薄皮一枚でも壁は壁。それも次元を隔てる壁だ。容易く超えられるものではない。
やったよカンナ。胸を張る思いでわたしはカンナのほうを見た。
そこにカンナの姿はなかった。闇の中で蠢く大量の触手が見えるだけ。
「……あ、」
情けなくなるくらいに弱々しい声が漏れ出た。
助けを求めるように、きょろきょろと周囲に視線を動かす。けれどそこに期待するようなものは何もなかった。
触手に飲まれゆくスズカさんの足が見えた。
妖精たちもとうに見えない。
わたしはひとりきりになっていた。とたんに足下に穴が開いたような無力感に襲われる。
全身を幾重もの触手が巻き上げていく。わたしはほとんど蜘蛛に絡め取られた虫のような姿になりながら、目の前の光景を呆然と眺めた。
リンネくんの入ったダイヤモンドが靄にまぎれるように薄れ見えなくなっていく。こちらの次元から遠ざかって、元いた世界へと戻っていく。
置いてかないで。
涙が流れていた。わたしは自分のしたことをすでに後悔している。
誰かひとりしか逃げられないなら、自分が逃げればよかったのだ。
──うるさい! わたしは内なるわたしを叱りつける。
涙は止まらない。痛い。苦しい。暗い。怖い。寂しい。いやだ。助けて。怖い。怖い。弱音は留まるところを知らない。──それでも。
ばかみたいなかっこつけだとしても。わたしは、リンネくんを選んだことを後悔なんてしたくなかった。
リンネくんの姿が次元の彼方へ消えていく。その様子を見送りながら、自分に言い聞かせる。誇りに思え。やり遂げたんだわたしは。胸を張ろう。
ぎちぎちと体が絞め上げられ、あまりにつらくて悲鳴が出る。
……ああ。だめだ。それでも。やっぱり。
最後に少しだけ、本音を言わせて。
怖いよ。
助けて。
リンネくん。
声にならないまま、手足の先から生命力が抜け出る感じがするのとともに、わたしの意識は闇に塗り潰された。




