無駄死に
燃える明治神宮の杜のなかをぼくは無我夢中で走った。
ようやく駆けつけたとき、他の魔法少女たちはすでにその場に集まっていた。その様子だけで、何が起こったのかをぼくは把握してしまった。
倒れた二風谷さんの周りを魔法少女が取り囲んでいた。
一番取り乱していたのはレナさんだった。うずくまり、悲痛な声で泣き叫んでいる。
「うああああ! やだ! ヒマリちゃん! ヒマリちゃん!! うそだ! うそだよこんなの!! うそだあ……あああーーっ!!」
そんなレナさんの背中をさすりながら、神宮寺さんも声を殺して泣いていた。その傍らでは、二風谷さんの契約妖精が光の塵となって消えていくところだった。魔法少女が命を落とすとその契約者である妖精も消滅するということか。
ぼくの位置からは星崎さんの背中しか見えなかった。静かに佇んだまま倒れて動かない二風谷さんを見つめている。ぼくが近づいても顔を上げず、じっと、命を落とした仲間の顔を見ていた。
その視線の先を追い、ぼくも二風谷さんの顔を見た。とたん、鼻の奥が冷たくなって、涙が止まらなくなった。
絶命した二風谷さんの表情にまず思い浮かべたのは、困惑だった。きっとなにが起きたのかわからなかったのだろう。けれど、どうやら自分の命は失われるらしいとも気づいていたに違いない。その絶望と恐怖がないまぜになった表情が、ありありと遺されていた。
左胸のあたりには黒々とした大きな穴が開いていた。半開きの口の端からは血が溢れ、光を失った半透明の瞳は薄く開いたまま動かない。目尻から流れた一筋の涙の跡が、木々を焼く炎を映してきらきらと輝いていた。
星崎さんは膝をつくと、二風谷さんの顔に手をかざしそのまぶたに触れた。
目を閉じて横たわる二風谷さんは眠っているように見えた。
「……どうしてこうなったの」
嗄らした声でレナさんが問うた。胸が潰れるような思いのする声だった。レナさんは憎悪している。その感情が声にあふれ出していた。
「わたしの戦ってた始祖は偽者だった」
淡々とした声で星崎さんが答える。
「始祖が神宮にいることをわたしたちは特定したけど、あいつはその裏をかいた。偽者を神宮に配置しておいて、本体はスクランブルスクエアの屋上展望台、渋谷SKYからわたしたちが隙を見せるのを窺っていた。極大封印魔法はヒマリが基点だった。だから狙われた」
「……いつでも冷静だねカンナは」
嫌味の混じった声で言って、レナさんは鼻をすすった。星崎さんは涼しげな微笑をレナさんへ向けて、
「そう見える?」
口調は穏やかなのに、背筋が凍りつくような声だった。レナさんがつばを飲み込む音が聞こえる。
ひりついた空気を察した神宮寺さんが「これからどうするの」と緊張した声で尋ねた。
「始祖を倒す」星崎さんは言い切った。「やることは変わらない」
「ヒマリちゃんがいないのにどうやって? 極大封印魔法は、もう……」
「わたしがやる」
なにを言っているのか、その場の誰も理解できなかった。ただひとり、星崎さんだけが表情を変えない。
「さっき見たから。基本は理解したと思う」
皆、ぽかんと口を開けて絶句した。ややあって、レナさんが口を開いた。
「……できるの?」
それは疑うというよりも確かめるような問いかけだった。
まっすぐ見返して、星崎さんは告げる。
「できなくたって、やる。わたしは魔法少女だから」
星崎カンナがそう言えば、もはや誰にも語る言葉はなかった。
出発目前、レナさんは二風谷さんに手を合わせていた。傍らで膝をついて目を閉じ、優しい口調で「ヒマリちゃん」と少女の名前を呼ぶ。
「ごめん。ごめんね。あとで必ず迎えにくるからね」
ぼくは彼女の隣に跪き、同じように祈りを捧げる。
「リンネくん……ありがと」
レナさんの瞳にはほとんど光がなかった。虚ろな表情をして、呆然と遺体を見下ろしている。これから戦いに赴く彼女のことが心配だった。
「レナさん、その……大丈夫ですか」
その質問は失敗だったのだろう。大丈夫なはずがなかった。つい今しがた仲間を失ったばかりなのだ。妹のように可愛がっていた最年少の魔法少女が殺された。その痛みを、もっと深く知るべきだった。
「……カンナはさあ、すごいよね」
「え?」
「ヒマリちゃんが命がけでやろうとしたことが、ちょっと見ただけでカンナにはできるんだって」
嘲るような口調に、口端を歪ませて作った笑み。瞳は濡れたように光り、目元がふるふると震えている。怒っているようにも、泣いているようにも見える表情だった。
「それならさあ、はじめからカンナがやればよかったんじゃない? そうすれば、ヒマリちゃんは死ななくて済んだんじゃないかなあ。……あんまりだよ。これじゃ、ほとんどただの無駄死にじゃん」
「……それは、」
「っ、ごめん」
断ち切るように言って、レナさんは勢いよく立ち上がった。ぼくは彼女を見上げたまま動けなかった。天を仰ぐレナさんの表情を窺うことはできない。
「ごめん。今のなし。忘れて。……はは。わたし、最低だ。弱いくせに最低じゃ、救えない」
レナさんがぼくを見下ろした。輝きを失った瞳から涙を流しながら、表情ひとつ変えずにぼくを見ていた。
「リンネくん、見ててね。わたしもやるから。カンナだけじゃない。わたしだって魔法少女なんだから。カンナがやるなら、わたしもやる。カンナひとりには、させない」
凄みをまとうレナさんの姿に、ごくりとのどが鳴った。覚悟の決まった相手にかける言葉なんてほとんどないのだと思い知らされる。ぼくはこくんと頷きを返し、ただ一言だけをレナさんに捧げる。
「気をつけて」
レナさんは薄く笑って、「見ててね」と念を押すように言葉を重ねた。




