発動 記憶操作魔法
「みんなの前で改めて正体を明かそう」
星崎さんの言葉に、ここにいる誰もが困惑した。信じられないという表情で絶句するレナさん。耳を疑って苦笑いを浮かべた神宮寺さんは、二風谷さんと顔を見合わせている。四ノ宮さんは目を眇めただけで、柱に寄りかかって腕を組んだまま成り行きを見守っている。反応はそれぞれだったけれど、何を言っているのか理解できないという一点で皆の気持ちは一致していた。
山梨県内某所。富士五湖の近く、人里離れた山裾にぽつんと存在するこのコテージは、四ノ宮さんの所有している別荘だった。姿が晒された魔法少女たちは、そのまま家に帰るのは危険があるということで、今はこのコテージに匿われていた。文字通りのセーフハウスだった。
「作戦会議があるからきて」と、ぼくとアルトを迎えにきたのはレナさんだった。部屋の中に突然現れたものだからたいそう驚いた。先の激戦で新たな魔法に開眼し、空間転移ができるようになったという。
「次元を歪めたり、空間を跳んだりするのがわたしは得意みたい」
そう言ってレナさんは笑った。その笑顔が無理に作ったものであることはすぐにわかったけれど、ぼくは何も言うことができなかった。
レナさんの魔法であっという間に東京から山梨へ移動して、聞かされた作戦というのが先ほどの星崎さんのセリフだった。
「……ちょっと待ってよカンナ。自分たちから身元をばらそうって、どういうつもりなの」
咎めるような口調のレナさんの顔色は青ざめていた。
「なるべく大勢の人が目にする状況が欲しいんだけど、幸い今なら渋谷へ行けば生中継には事欠かない。利用させてもらおう。やっぱりマスコミの力は大きいからね」
「だから、なんでそんなこと……」
「わたしたちの正体を知る人間の記憶を操作する」
星屑をちりばめたように輝く瞳でまっすぐ前を見据えながら、星崎さんは言った。口元にはいつもの涼やかな笑みが乗っていた。ぞわりと何かがぼくの背骨を駆け上って、両腕に鳥肌が立ったのがわかった。
「わたしたちの正体を見た人の記憶を即座に書き換える魔法だよ。魔法がかかった人はわたしたちのことが認識できなくなる。わたしたちを見た瞬間から記憶が書き換えられていくから。見えているのに見えないし、思い出すこともできない」
「……できるの? そんなことが」
訊ねるレナさんの声は少し怯えているように聞こえた。
「認識阻害魔法を応用したんだ。効果は問題ない」
安堵したように表情を緩ませた二風谷さんが神宮寺さんの顔を見上げた。神宮寺さんはそれに応えつつ、どこかひっかかるような顔色を崩さない。
その懸念を指摘したのはレナさんだった。
「家族はどうなるの?」
星崎さんが少しだけ表情を曇らせた。
「もちろん例外じゃない。魔法がかかれば、わたしたちがわからなくなる」
沈黙が下りた。表情のないレナさんと神宮寺さん。二風谷さんは状況が理解できずきょろきょろと不安げに辺りを見回している。四ノ宮さんがあからさまなため息をついて、
「他に方法がねェんだろ」
フン、と鼻を鳴らしてずかずかと近づき、星崎さんの前に立った。身長の高い星崎さんよりもさらに四ノ宮さんは大きく、そばに立つと星崎さんは少しだけ四ノ宮さんの顔を見上げる体勢になる。
「もっといいやりようがあるならそうするはずだ。なんたってなんでもできる星崎カンナ様だからな」
「なんでもはできないですよ」
「その記憶操作、あたしにはどう作用する?」
射るような視線に怯むこともなく、星崎さんは少しだけ考えて、
「四ノ宮さんには観測する〝眼〟があるから大丈夫だと思います」
「あのガキも?」
その視線が突然自分に向けられて、ぼくはびくりと飛びはねてしまった。四ノ宮さんはぼくを見るときいつも顔をしかめるので、なんだか萎縮してしまう。
「紫童くんには因果の縁がありますから」
「あの気味悪ィのにも意味はあるってわけか。まあいい。だいたいわかった。やるならさっさとやれ。時間もねェんだろ」
「それは、そうなんですけど……」
「あァ? なんか問題でも……ああ、そういうことか?」
四ノ宮さんは他のメンバーを見渡してから、なぜかレナさんを見据えた。
「おまえ、他にいい考えでもあンのか」
「え? いや……」
「じゃあ不満そうな顔すんじゃねェよ」
「そんな顔、してるつもりは……」
唐突に詰め寄られて、うろたえたレナさんは助けを求めるように星崎さんに顔をやった。星崎さんは申し訳なさそうな表情で応じて、
「ごめんね、レナ」と、優しく声をかけた。
レナさんの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ出す。
「なん……。やだ。こんなつもり、なくて。ごめ……。ごめ、んなさい」
絞り出すような声で謝るレナさん。涙が止まらない様子の彼女を見下ろした四ノ宮さんは、はああ、と深いため息をつくと面倒くさそうにその場を離れた。代わるように近づいた星崎さんが、涙が止まらず泣きじゃくるレナさんの背中を優しくさする。
「ごめん。カンナが謝ることじゃ、ないのに。謝らせちゃった。わたしたちのために、頑張ってくれてるのに。ごめん。ごめんね……」
「いいの。つらい思いをさせるのは事実だから」
「それカンナが悪いんじゃないじゃん~。うあああー……」
そのとおりだった。ここにいる誰も悪くない。それどころかむしろ感謝されたっていいはずなのに、どうして彼女たちが世の中から攻撃されて苦しまなければならないのだろう。どうして人類のために戦う魔法少女が、悲しまなければならないのだろう。
レナさんの悲痛な泣き声を聞きながら、やり場のない怒りにぼくは拳を握りしめることしかできない。
記憶操作魔法は滞りなく発動した。ぼくはその様子をテレビ越しに見ることとなった。
レナさんの転移魔法によって報道カメラの前に姿を現した魔法少女と、その契約者である妖精たち。
カメラを見据えて星崎さんが口を開く。
『わたしたち魔法少女は、人間の敵、シャドウと戦っています。人を襲うシャドウをわたしたちは許しません。約束します。わたしたち魔法少女は必ずシャドウを根絶します。力を貸してほしいとは言いません。ただ、見守っていてください』
言葉が終わったところで、魔法少女は変身を解き、ただの女の子としての姿をカメラの前に晒した。
そして星崎さんは魔法を発動した、らしい。というのは、外見上はなんら変化が見て取れなかったので、発動したタイミングがぼくにはわからなかった。なんとなく、ピカッとフラッシュのような眩い光が発生したりするのかと想像していたけれど、実際の魔法はあまりにも静かに行われた。
『終わったよ』と仲間に声をかける星崎さんや、そんな目の前の少女たちにカメラが注意を払わなくなったこと、そして隣でテレビを見守っていた四ノ宮さんが「なんだこれ。気持ち悪ィ」とうめいたことから、たしかに魔法が効力を発揮したことをぼくは知った。
戻ってきた少女たちは皆、言葉少なで浮かない表情をしていた。無理もない。
「うぷっ。きついなこれ……」
少女たちを見た四ノ宮さんがえずく。記憶の書き換えが起こると反動で強いめまいを覚えるらしい。
そばにいれば当然、書き換えが起こり続ける。
「それってつまり、わたしたちは家にいるだけで家族を苦しめるってことだよね」
レナさんの指摘に、星崎さんはすまなそうな表情で応じる。その変化に、レナさんは慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。
「ごめんカンナ。確認したかっただけだから。……えへへ、でも困ったね。これからどうやって生活しようね。自分の家で家族から身を隠しながら暮らせばいいのかな」
「ここを使えばいい」
四ノ宮さんが言った。眼帯を外している。アーティファクトの眼で観ることにしたらしく、通常の目のほうを逆に閉じていた。
「生活用品は手配してやる。始祖を倒すまでの間、好きに使え」
「……わあ。それなら安心だね。えへへ」
レナさんに笑顔を向けられた神宮寺さんは曖昧な笑みを返す。二風谷さんは不安そうな表情のまま、瞳を揺らしていた。
「わたしは帰るよ。家には誰もいないし、その分みんなが広く使えると思うから」
そう言った星崎さんと、都内に別の家がある四ノ宮さん、そしてぼくの三人が、レナさんの空間転移で送ってもらうこととなった。
まず四ノ宮さん、続けて星崎さんを送り届け、最後がぼくの番だった。
ぼくの部屋にゲートが開き、ぼくとレナさんは並んで部屋に降り立つ。
「なんだか懐かしいね。お邪魔したのがずいぶん昔のことみたい」
そう言って目を細めるレナさんがひどく寂しそうに見えて、ぼくは思わず口にする。
「またいつでも遊びにきてください」
レナさんはきょとんとした顔をしたあと、「あはは」と笑った。屈託のない、以前の彼女がよく見せていた素敵な笑顔だった。
「リンネくんだけでもわたしを覚えててくれてよかった」
そう言ってレナさんが見せた表情は、あまりにも儚かった。どうにか繋ぎ止めなければ、そのまま壊れて消えてしまいそう。そんな危うい美しさだった。
「なにかぼくにできることないですか」
「えー? えへへ、まいったなあ……。リンネくん、優しすぎ。そんなこと言われたら、わたし甘えちゃうよ」
「かまいません」
「もう。そういうとこ、ほんと……。じゃあ、少しだけ弱音、いい?」
「もちろん」
「それじゃ、腕を少し広げて」
「? こうですか?」
「うん。ありがと」
近づいたレナさんがぼくの腕と体の間に自身の腕を差し込んできた。そのままぎゅっと、抱きしめられる。
「!?」
何が起きているのか理解できずしばらく固まってしまった。やがてレナさんの体が小さく震えていることに気づいた。少し迷ってから、自分の腕を彼女の背中に回して軽く力を入れた。強ばっていたレナさんの体からわずかに力が抜ける。
小柄なレナさんの頭がぼくの胸に押し当てられる。髪の毛からふわりといい匂いが立ち昇る。
「わたしのこと、軽蔑する?」
それはあまりに唐突な質問で、はじめ何を言われたのかよくわからなかった。
「そんなわけないですよ」
「本当?」
「本当です。どうしてそんなこと」
「だってわたし、カンナのすることが怖いんだよ」
ひどいよね。自嘲するその声は震えていた。
「カンナはわたしたちのためにやってくれてるのに。カンナのおかげで家族が護られるのに。感謝するどころか怖がるなんて、恩知らずもいいところじゃん。……でもそれがわたしの本音。わたしはカンナが怖い。ほんと、ひどい。……だけどね」
それでもね。
それでもわたしはカンナの友達でいたい。
顔を上げたレナさんは涙で目を潤ませながら、しかし決然とした瞳をぼくへ向けた。
「勝手だよね。わかってる。だけどわたしだって魔法少女なんだもん。カンナだけに任せて自分は知らんぷりをするなんてしたくない。そんなことしたら、わたしはわたしを一生許せなくなる。カンナをひとりになんてさせない……させるもんか……うう。でも、怖い。怖いよ。ついていく自信ないもん。怖い……怖い怖い怖い! ううう、でも、でも! 負けるもんか! わたしは! 星崎カンナの仲間なんだ!」
レナさんはぼくにしがみつき、「うううー」とうなるように泣いている。レナさんの体をぼくは強く抱きしめていた。彼女の葛藤が、決意が、ぼくの目頭を熱くする。
「軽蔑なんてするはずがないです」
心の底からの敬意を込めてぼくは言う。
「レナさんが友達でいてくれて、星崎さんは幸せ者です」
少しして、ぼくたちは互いに体を離した。レナさんは目元を真っ赤にして、「えへへ」と照れ笑いを浮かべていた。
「ありがと。聞いてくれて」
「いえ。ぼくにはこれくらいしか」
「なに言ってるの。リンネくんの存在にわたしがどれほど救われてると思ってるのさ。カンナだってきっとそうだよ」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
レナさんは太陽みたいな笑顔を見せて言った。
「リンネくんがいてくれて、わたしもカンナも幸せ者だよ」




