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名前呼び

 二泊三日の合宿には、魔法少女が勢揃いした。

 元々は受験のための勉強合宿という名目で話が始まったのが、浅倉さんの「せっかくならみんなで行こうよ」という提案で、残りふたりの魔法少女、二風谷さんと、高校一年生の神宮寺じんぐうじスズカさんが参加することとなった。

 こうなると魔法少女の合宿に紛れ込んだ一般人男子といったほうが状況を正確に表していると思ったけれど、女子たちはなんの気兼ねをすることもなくぼくを受け入れてくれた。

 二風谷さんと神宮寺さんとはこれまで、学校が違うこともあってあまり交流がなかった。だから今回の合宿を通してふたりの人となりを知ることができたのは嬉しかった。

 二風谷さんは元気いっぱいのムードメーカーで、一番年下ということもあって魔法少女みんなの妹のような存在だった。幼さ故か、感情のままに振る舞い周囲を困らせるシーンもあったけれど、場の空気が彼女の活気に引っ張られるような、圧倒的な生命力を感じさせる女の子だった。

 神宮寺さんはおしとやかでとても大人びて見える女性だった。二風谷さんのちょっとしたワガママも、神宮寺さんが受け止めてくれることで事なきを得る。そんな場面がいくつもあった。

 ぼくたちは初日を海で遊び、二日目の日中を勉強に当てた。そうして夜に花火をして、後片付けを済ませたあと、先に帰らなければならない二風谷さんとそれに付き添って帰る神宮寺さんを駅まで送るべく、夜の海辺沿いを五人で歩いていた。

 よく晴れた夜だった。見上げればそこには、半月よりも少しだけ膨らんだ月が浮かんでいる。気温はそれほどでもないけれど、海沿いの道は湿気を含んだ空気が重く肌にまとわりつく。道を挟んで海と反対側に立ち並ぶ住宅街の頭上を超えて、虫や木々がさざめく声が聞こえてくる。

「来てくれてありがとね」

 隣を歩く浅倉さんが微笑んだ。

「こちらこそです」

 ぼくたちの前には、神宮寺さんと星崎さん、そしてふたりと手を繋ぐ二風谷さんの背中が並んでいた。何事かを楽しそうに会話している。その背中を見つめて、浅倉さんは優しい目をしている。

「みんな、わたしの大切な仲間」

「はい」

「もちろん紫童くんもだよ?」

「……え?」

「もーっ。やっぱりわかってなかった。紫童くんって自分を勘定に入れないところあるよね。だめだよ~そういうの」

 似たようなことを前にも誰かに言われた気がする。誰だったっけ、と考え始めたところで、

「……ねえリンネくん」

 聞き慣れない呼ばれかたをして顔を上げる。呼んだ当の浅倉さんも言い慣れないようで、なんだか恥ずかしそうに上目遣いをよこしている。

「これからリンネくんって呼ぶの、だめかな。ほら、カンナのことはカンナって呼んでるし。友達も名前呼びだし。……なにより、リンネくんは秘密を共有する仲間、だし」

「あ……はい。全然。かまいません」

 ほっとしたように表情を緩める浅倉さん。「改めて、よろしくねリンネくん」と笑いかけてくる。ぼくも笑って「よろしくお願いします浅倉さん」と返す。

 浅倉さんが不服そうに口を尖らせる。

「わたしのことはレナって呼んでくれないの?」

「えっ」

「いやなら無理にとは言わないけどさ」

 拗ねたように手を後ろで組んで小石を蹴る仕草をする浅倉さん。ふりだとわかっているけれどそれでも、女の子にそんな態度を取られると焦ってしまう。

「いやとかじゃないです。慣れないから戸惑っただけで、その」

「ふふ。わかってるよ。ごめんね。……はいっ。それじゃ改めて。よろしくねリンネくん?」

 悪戯っぽい表情でぼくの顔をのぞき込む浅倉さん。覚悟を決めてぼくは口を開く。

「その、よろしくお願いします、レナさん」

「にひひ。よくできました」

 からかうようにレナさんは笑った。

 ぼくとレナさんは肩を並べて歩いた。前を歩く星崎さんがちらりと後ろを向く。それにレナさんが手を振って返す。星崎さんも手を振り返して、再び二風谷さんと神宮寺さんの会話へと加わる。

「踏み込んだこと聞いてもいい?」

 不意にレナさんが言った。やや声をひそめて。前の三人には聞かれたくないことなのだろうか。ぼくは少しだけ体をレナさんに近づける。

「なんですか?」

「リンネくんって、カンナのこと好きなの?」

「はいっ!?」

 大きな声が出た。どうかしたのかと前の三人が振り向いたのを、「なんでもないです」と平気なふりをしてやり過ごす。

 レナさんは驚いたようにぼくを見ている。

「ごめん。そんな動揺すると思わなくて」

「いえ……。それよりも、なんでそんな」

「だって、カンナと付き合ったんでしょ? うちのクラスの女子全員知ってるよ。アミが言いふらしてたから」

 アミとは岡田さんの名前だ。彼女が吹聴して回る姿は想像に難くなかった。

「それは、クラスメイトから邪推されることが増えたので、形式上そういうことにしようと」

「うん知ってる。それはカンナに聞いた」

 でもね、と続けるレナさん。真剣な表情を向けている。

「カンナが言うのはわかるんだよ。あの子は気にしない。でもリンネくんはどうなの?」

 単なる好奇心で訊ねているのではないとわかった。違う何かの感情が見え隠れしている。その感情がなんなのかまでは、わからない。

 ぼくはありのままの気持ちを述べる。

「星崎さんがそう思ったなら、そうするべきだとぼくも思います」

「……そっか。すごいねリンネくんは」

 レナさんは笑ったけれど、その顔はどこか悲しいものを見るような表情だった。

「でも本当にそれだけ?」

「え?」

「わたし知ってるよ。リンネくん、ここのところ魔法の練習でほとんど寝てないんでしょ」

 レナさんの言っていることは事実だった。悪事を見抜かれたようで、ばつが悪くなる。

「……どうして」

「ベルタから聞いたよ。ベルタはアルトから。『勝手に無茶をするから困ってる』って、愚痴聞かされたみたい。……リンネくん、無理はだめだよ~?」

 心の底から心配しているという顔で、レナさんがぼくをたしなめる。「すみません」と謝罪を口にする。その気持ちはありがたかった。けれど。

「ぼくはこれ以上、星崎さんの……みなさんの足を引っ張るままではいたくないんです」

「そんなこと、……」

 何かを言いかけて、レナさんは押し黙った。

 ぼくらはしばし無言のまま並んで歩く。

「……カンナってさ」

 口を開いたレナさんは、前を歩く星崎さんの背中を見ていた。遠くの星々を眺めるみたいに、美しいけれど手の届かないものを見つめる瞳で。

「すごいよね」

 ため息交じりにそう言って、「ばかみたいな言葉しか出ないや」とレナさんははにかむ。

「すごすぎてそれ以上言葉が見つからないっていうか。可愛くて、なんでもできて、強くて、勇気だってあって。ブレーキを踏まないのは見ていておっかないときもあるけど、それでもカンナならきっとやり遂げるって迷いなく信じられる。わたしにとっての星崎カンナって、そういう人」

 レナさんは寂しそうに笑った。

「わたしはね、カンナに勝てるところなんてひとつもないんだ。ていうか、勝とうだなんて、ううん、並ぼうとさえ思ったことがない。ただただあの子の背中を見上げてる。そうして、『こんなすごい子と一緒にいられて光栄だなあ』って、それだけ」

 でも、と薄い目をしてレナさんはぼくを見た。その瞳は哀れんでいるようにも見える。しかしあるいは、

「リンネくんはカンナを追いかけてるんだね」

 期待しているのかもしれない。

「そこまでするのは、もしかしてカンナに特別な感情があるのかなって、そう思ったんだ」

 変なこと聞いてごめんね。そう付け加えたレナさんの声は消え入りそうだった。ぼくは首を振る。

 道の先に光が増えてきた。もうすぐ駅に着く。ぼくは並んで歩く三人を、そして星崎さんの背中を見つめる。

「正直、好きとか、恋愛的なことはよくわかりません」

 レナさんがこっちを向く気配がした。けれどぼくは、ひとり言みたいに、まっすぐ前を向いたまま吐き出すことにした。そうしないと自分の気持ちがわからなくなりそうだった。

「ぼくは足手まといのままでいたくないだけです。魔法少女じゃないから、レナさんみたいに一緒に戦うこともできない。力がないぼくには、できることがそれしかないから。自分のできることをやってるだけで。ぼくのやってることなんてなんでもない。みんなを護る魔法少女の足下にも及ばない」

 言葉を紡ぐたび、感情がはっきりと形作られていく。そうだ。ぼくは命の恩人である星崎さんを、あまりにも輝かしくて、目がくらみそうなほどに眩しい彼女を尊敬している。

 けれど戦っているのは星崎さんだけじゃない。

 レナさんも、二風谷さん、神宮寺さんも、魔法少女はみんな危険を顧みず命がけで戦っている。その姿に敬意を抱かないはずがない。

 ぼくは足を止めた。つられて立ち止まるレナさん。ぼくとレナさんは互いに向かい合い、視線を交わす。

「特別な感情なら魔法少女全員に持ってます。ぼくはみなさんを尊敬してます。魔法少女のすごさは誰も見てないし誰も知らないけれど、ぼくだけは知っています。誰も言えないから、ぼくが言います。……ありがとうございます。みんなのために戦ってくれて。魔法少女がいることを、ぼくは誇りに思います」

 レナさんが目を丸くしていた。そのつぶらな瞳が、濡れたように光り始める。ぷい、と顔をそむけた彼女は、ぼくの手を引いて「行こう。みんな待ってるよ」と歩き出す。その声は少し震えていた。

「リンネくんって、けっこうずるいんだね」

 歩きながらそんなことを言われて、ぼくは首を傾げた。

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