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◆神聖歴千五百二十六年 七ノ月 第三十日 ラモレ渓谷 シャンボー城◆
「おい、オリザ! あいつはどこだ!」
王とサティが話している部屋に部下二人と共になだれ込んできた騎士団長が、大声でそう叫んだ。王様の御前だぞ。騎士団長は脳筋確定か? それとも……わざとなのか?
「何事だ! ジャック?」
王はそれほど驚いている様子がない。ふーん、これが通常運転なのか? あ、団長の奴、王様に『ジャック』って呼ばれているのね。王の方が十歳くらい年上のはずだけど、どういう関係だ?
「陛下。その者の配下が、『王の伝令』を詐称して城内に侵入いたしました!」
「何と! どうしてそのようなことが分かったのだ?」
「それが、衛士が不審な者を捕らえると、伝令の特許状と印章を持っておりまして」
「ん? 騎士オリザの配下と言ったではないか! そやつは何者だ?」
「陛下はご記憶に無いかもしれませぬが、『暁』の一党が叙位された折に士爵位を与えられた者でございます」
「末席とは言え、士爵であれば官職に就いてもおかしくはないのではないか?」
王の問いに答える言葉が見つからないのか、騎士団長は押し黙ったままである。
「侯爵殿、今捕らえたと言われませんでしたか?」
サティが表情を変えずにそう尋ねた。
「ああ」
騎士団長、不機嫌そうだな。王も不審顔だ。
「では何故、『あいつはどこだ』などと?」
「逃げよったのだ」
「士爵に叙された『暁』の者と言われたが、確かですか?」
「ああ、ワシが直々に尋問した。ノ……ノア・グス……何とか言う……」
「ノア・グスコブドリでしょうか?」
「やはりお前の配下ではないか! けしからん!」
「いや、私の部下というわけではありません。しかし、『王の伝令』を騙ったというのは、真ですか?」
「お前宛の使者だと名乗っておった。しかも笑止千万なことに、発信人はワシだと言うのだ」
「侯爵殿は直接その者を尋問したのでしょうか?」
「無論だ! ワシが化けの皮を剥いでやった」
「そして逃げられたとおっしゃる?」
「不届き者として叩き斬ろうとしたら、卑怯にも煙玉らしき物を投げつけよったのだ!」
「なるほど。素直に斬られないのは卑怯だと?」
「仮にも士分にあるのであれば、堂々と戦うのが当たり前だろう!」
「ジャック」
サティと騎士団長の掛け合いを、王が不機嫌な声で遮った。王と騎士団長の関係がどうなっているのか分からないが、こんな態度では不興を買うのは仕方ないな。
「ジャック、お前が言う通りだとすると、今この城の中を不審な者が徘徊しているということになるのか?」
「は、ぐむ、ですから探しておるのでして……」
「は、ぐむ」って、何だ? 緞帳の陰で、俺は笑い出しそうになるのを必死に堪えていた。団長の連れて来たキーンとマニエルの二人はとばっちりを恐れているのだろう、ジリッジリッと入り口の方に後退りしている。
「ジャック、見れば分かると思うが、ここには騎士オリザと余の他には誰もおらぬ。しかもオリザは、早朝より余の傍にずっといたのだ。その、何とか言う男を見失ったのは何時のことなのだ?」
「は、その、四半刻とは経っておりませんが……」
「では騎士オリザがその男の行方を知っているはずが無い」
「ですが陛下!」
あー、騎士団長殿は己の失態を隠蔽すると同時にサティの足を引っ張ろうとしたが、結果としては藪蛇になったな。まあ、あまり利口には見えないが、今までは王もそれなりに使える武力として許容してきたのだろう。
俺が隠れている緞帳には意図的としか思えない切れ目があり、それが刺繍で巧妙に隠されていた。そこから覗くと、王の不機嫌な表情がよく見える。
「ジャック! さっさとその男を捕縛せよ。お前の職務を果たせ!」
「はっ」
王にそこまで言われ、悔しそうに歯噛みしながら侯爵は引き下がる。部屋を出る際には、忌々し気にサティをひと睨みしていった。騎士団長は走り使いで、副団長のサティを護衛として身近に置く。王が今どちらを信頼しているか、一目瞭然だ。
騎士団長がこちらを向いたとき、顔面にいくつもの赤い徴が浮かび上がった。埋め込まれた聖銀の聖痕が顕現し、浮腫のように膨れあがって血を滴らせる。
王がこの場にいなければ、あるいはサティの圧倒的な強さが無ければ、騎士団長は牙を剥いてサティに襲いかかっていただろう。どちらが奴を踏み止まらせたかは不明だが、二人の手下を引き連れ、足音荒く退室していった。
「よろしかったのですか、陛下?」
「何がだ、騎士オリザ?」
「侯爵に陛下のお気持ちを誤解させたのでは?」
「誤解だと?」
「違いましょうか?」
「あの男は図に乗り過ぎておる。聖銀騎士団の力があれば、王を軽んじても許されるとな」
「まさか」
「余はあの男に、戦地へ向かうよう命じたのだ。ところが彼奴は、言を左右して動こうとはしなかった。『然るべき時になれば動きます』と言ってな。『然るべき時』だと! 『然るべき時』とは、余が命じた時ではないのか?」
なるほど臣下として覚えめでたいとはならないな、あの侯爵。
千四百九十二年の『大失墜』から千五百二十四年に魔侯軍の侵攻があるまでの三十二年間、聖銀騎士団は国内の小規模な内乱とか、今は滅びた諸侯領の小君主たちとの小競り合い程度しか実戦を経験していない。
『大失墜』によってヨーセルムの地を失い、緑海に追い落とされた痛手が、たやすく勝てる相手以外との戦闘から尻込みさせて来たに違いない。それでも徒に武力を用いないヴーランク王国の方針のお陰で、長きに渡り国内最大の戦力として威を振るってきた。
だが魔侯国軍侵攻の報せに接し、聖銀騎士団の幹部たちは臆してしまったのだろう。王都を守るという名目を掲げ、ヴーランクの国境を越えて来た奴等との戦いが起こっても、前線に出ようとはしなかった。その間に魔侯軍は王国の領内に怒濤のように侵入し、国境沿いの多くの村や荘園は焼かれ蹂躙された。
その魔侯国軍の侵攻を押し止め、ロークス率いる俺たち『暁の瞳』がワズドフを倒すまでの時間を稼いだのは聖銀騎士団ではなかった。それは『暁の軍団』を中核とする様々な出自の者たちだった。
魔侯軍と実際に戦った彼等一人一人の武威が、聖銀騎士のそれに遙かに劣るのは間違いない。だが現実には、聖銀騎士団の団員の内誰一人として魔侯国軍と矛を交えた者はいなかったのである。
流石にこれでは戦いの後、聖銀騎士団の戦功を認めることはできなかった。だからこそ面目を保つため、彼等聖銀騎士団はサティの副団長就任を必要としたのである。そして王も、それを認めることで彼等を支援したに違いない。
だが聖銀騎士団を率いるヴァルド侯爵たちは、傲慢にもその王の配慮を当然のことと看過し、感謝することはなかった。それどころか聖痕を持たないサティを余所者扱いし、忌避する態度さえ示したのであった。
これらのことはサティの様子を知らせるギィの手下が探り出し、ロークスたちにも伝えられていた。今また王自身の口から漏れた内容から覗えるのは、ヴーランクの中枢で繰り広げられる権力闘争の一端に過ぎないのだろう。
「それで、騎士オリザ、その緞帳の後ろに潜んでいるのがお前の手の者なのか?」
王が隠れているはずの俺に鋭い視線を投げかけながら、そう尋ねた。どうやらバレていたようだ。
「お気付きでしたか陛下?」
サティが王の技量を推し量るような目で尋ねた。おいおいサティ、その態度は『不遜』と咎められかねないぞ。
「いや、あの緞帳のあの位置には刺繍で縢った覗き穴があるのだ。余が気付いたのはそれを知っていたからに過ぎん。現にジャックも気付かなかったであろう。そこの者、出て参れ!」
俺はゆっくりと緞帳をかき分け姿を晒すと、王の前に片膝ついて拝礼した。




