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◆神聖歴千五百二十六年 七ノ月 第三十日 ラモレ渓谷 シャンボー城◆
その場しのぎの行き当たりばったり、口から出任せで喋っているのだが、ひょっとすると強面で老獪とか狡猾と言われているこの『侯爵様』、実はチョロいんじゃなかろうか? だいたい「聖銀騎士団は王家の最強戦力」だって! ちゃんちゃら可笑しくてヘソが茶を沸かさぁ。まあ、そんなことおくびにも出さないけど。
「では侯爵様は、聖銀騎士団の特に若い騎士の中に、騎士オリザに同調する者がいることもご存じでしょう」
「知っているとも。だがそれはせいぜい一つか二つ程度の『聖痕』しか持たない若輩者だ。たいした力も持たぬ一部の軟弱者の、気の迷いに過ぎん」
「丁度良いではございませんか」
「何がだ?」
「ではその、気が迷った軟弱者たちをひとまとめにして、騎士オリザと一緒に辺境へ送ってやれば良いのです」
「何だと! 仮にも聖銀騎士団の騎士だぞ!」
「どうせ、たいした戦力にはならない者たちなのでございましょう?」
「それはそうだが……」
「騎士オリザは一隊を率いて辺境へ向かうのです。副団長として相応しい任務と言えましょう。カイエント家が異議を申し立てる筋などありません。なんと言っても、騎士オリザが前々から望んでいた任務なのですから」
「ふぅむ、一考の余地はあるか」
考え込むような仕草で白い顎髭を撫でた次の瞬間だった。奴は座ったままで長剣を抜き、振り上げるようにして平机を両断した。返す刃先で俺を斬り殺すつもりだったようだが、速さだけなら俺のが上だ。後方へ跳ぶと体当たりで扉を撥ね飛ばすように開き、廊下に転がり出す。
廊下に立っていた二人の騎士はそれなりの手練れのようで、その時にはもう腰の剣に手を掛けていた。彼等を知る侯爵様は、当然挟み撃ちにできると思ったようだ。だが俺は懐から取り出した拳大の玉を二個、石畳の床に投げつけた。
連続した炸裂音の後、リオス謹製の煙玉から吹き出した煙が辺り一面に広がって視界を遮る。部屋から跳びだしてきた侯爵が、とっさに袖で顔を覆いながら叫んだ。
「追え! キーンとマニエルは出口の方を。ワシは念のため奥を探す」
「はっ」
遠ざかる足音が消え、しばらく経つと煙が薄れる。気配を消してずっと薄暗い天井に張り付いていた俺は、誰も近くにいないことを確かめてから床に下りた。
やー、危ないクソ野獣侯爵め! 予想通りの行動を取りやがった。最初から俺を切りたがっていたのは見え見えだ。しかし、あの程度の腕で俺を切れると見誤るなんて、聖銀騎士団団長の名が泣くぜ! ざまあ無いな。
さて、これが吉と出るか凶と出るか。俺が吹き込んだアイデアを、あいつが無視することができるか。損得で考えれば損は無いと割り切るか、意地になって認めないか。あいつは狡猾そうに見えて、地頭が悪い奴だと見た。
何度も頭の中で転がして、自分に好都合と思ったら、最初から自分で考えたプランだと思い込んでしまう程度の人間だ。まあ記憶の改ざんなんて、誰でもよくやることさ。
俺は階段下の扉を見つけ、その裏にある召使い用の廊下に入った。こういう城館には、使用人専用の隠し通路が必ず設けられている。雑用に従事する下働きの者が、城内の表舞台で目立つことは好ましくないからだ。
それから石壁の中の狭い階段を登り、屋根裏の物干し場に忍び込んだ俺は、そこに干してあった使用人用のお仕着せを借用した。少し黄色くなった麻の上着と平編み生地の下穿きだ。脱いだ旅装と武器を含めた持ち物を、同じく物干し場で見つけた敷布に包んで持った。柳葉刀を腰につけて歩いている召使いなんかいないからな。
馬房に入る前にスカーフで頭髪を包むように縛り、ちょいと俯いて歩くようにした。顔を憶えている人間がいないとも限らないからだ。顔を注視していない場合、ちょっとした姿勢の変化で人は瞞される。あの警士たちやどこかで前に俺を見かけた誰かがいても、たいてい気付かないはずだ。
あれ、そう言えば俺、あの糞野郎が俺を殺しに掛かってきたら、返り討ちにするんだった。忘れてたよ。もう一回探し出して、喉笛を掻き切る? いや面倒だ。又の機会にしよう。それより俺のするべきことは、サティを見つけ出すことだ。
あの野獣侯爵との遣り取りを、教えておかなくちゃな。都合が悪くなければ、流れに乗って辺境領まで来て欲しいんだが、嫌がるかな?
城の中をだいぶ探し回ったが、サティは見つからない。あと、探していない場所はっと……そう言えば、あの馬鹿団長、「騎士オリザは陛下のご用で忙しい」とか言ってなかったか?
サティの奴、まさか王様と一緒にいるってわけ!
シャンボー城は、四つの塔屋に囲まれた天守楼の背後に箱形の館が翼のように広がり、その両側にそれぞれ塔屋がある。後から増築された馬房は、それらの前面にある中庭を、腕で囲うように配置されていた。
城の背後には水を湛えた堀がある。前面には広大な庭園があるだけだ。外見は美しい建物なのに、長く滞在するとなると不便なことが多いのが難点である。ここの冬は寒い。それなのに暖房施設が不十分なため、年間を通して住むには適さない。おまけに近隣に農作物や家禽を供給してくれる村落が無いから、この城を利用するには、その度に大量の食料を運び込まなければならなかった。
俺は城の中を徘徊し、サティの姿を探した。やっと見つけたのは、天守楼の三階にある大広間である。中央部に金箔で装飾した白塗りの間仕切りがあり、奥が寝室として使われているようだった。
入り口の近くにこれも金箔で飾られた肘掛け椅子と小ぶりの円卓があり、そこに俺も知っているヴーランク国王が座っていた。年齢はすでに六十に近く、そのせいか髪は色褪せて銀色になっている。
天鵞絨のガウンをまとう体は肥満気味で、顔にも贅肉が目立っていた。太い眉、大きな鼻と耳は、王家の血筋の特徴だ。酷薄な性格を示すように、唇は薄く強張っている。
傍に控えているのが我らの聖騎士ことオリザ・サティヴァイス・デラ・エクェス・サンクトゥスである。聖騎士という称号は王家ではなく聖教会から与えられたものだが、民衆から大きな尊敬を集めているため、宮廷では侯爵に準ずる扱いを受けている。
サティはとにかく目立つ奴だ。何しろ身長が七尺一指もある。体重が二百六十斤もあるのに、スリムで細面に見える。短く刈り込んだ金髪と緑色の瞳が特徴の、超イケメンだ。謹厳実直で寡黙。おまけに実力も実績もある。お若い淑女たちが見ているだけで顔を赤らめ、ウットリなるのも無理はない。
ただし、チビでお調子者で凡庸な顔の、『暁』の中でミソッカスな立ち位置の俺だが、サティにだけは劣等感を持ったことが一度もない。なぜなら俺は、奴が口下手で奥手の脳筋で、あまり賢いとは言えない引っ込み思案の、むっつりスケベの童貞男だと知っているからだ。
ただそれでも奴は、極力口数を少なくして他人の話に絶妙な瞬間に相づちを打つという戦略でもって、たいていの場合は馬鹿だと見破られずに切り抜けてきた。だから今現在、王様の話に耳を傾けているように見えても、間違いなく奴は何も考えていないはずだ。
「騎士オリザ、お前は魔侯国の反攻があり得ると、真実考えておるのか?」
「陛下、ワズドフは死にましたが配下の二人の総督、ハジーブとワズイールは彼の国で互いの上位に立とうと争っています。魔侯国で王位に就くためには、反攻の指導者として旗を揚げるしかございません。必ずや聖戦を宣言し、そう遠くない日に、軍を率いてやって来ましょう」
あれ、サティがまともに喋っている。あいつがあんな長台詞をとちらずに言ってのけるなんて、奇蹟としか思えない。あれは本当にサティ本人なのか?
分厚い緞帳の陰に身を潜めて様子を伺っていると、ドタドタドタと駆け込んでくる者がいた。ありゃマズい! あれは聖銀騎士団の団長とその家来のキーンとマニエルの、道化師三人組だ。




