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Jour de lenteur  作者: といか
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6/10

6.憶

紗季と別れてから、私は仕事にも以前ほど興味を持てなくなった。

仕事を辞める理由はなかった。生活に困っていたわけでもない。職場の人間関係が悪かったわけでもなかった。

ただ、何かを続ける理由が、少しずつ分からなくなっていた。

ある日、私は会社の帰りに駅のホームで、自分の顔が窓に映っているのを見た。

疲れた顔だった。

その顔を見て、私は奇妙な感覚を覚えた。

そこに映っている人間が、本当に自分なのか分からなくなったのである。

もちろん、それは私の顔だった。

毎朝鏡で見ている顔であり、身分証明書に載っている顔であり、他人から私として認識されている顔だった。

しかし、私はその顔を見ている自分を、うまく説明することができなかった。

自分とは何なのだろう。

記憶か。

身体か。

名前か。

あるいは、それらを一つにまとめている、何か別のものなのだろうか。

私は自分の過去を思い出した。

幼い頃、父の船に乗っていた自分。

村を出る日に、父の背中を見ていた自分。

街で直人と酒を飲み、自由について話していた自分。

紗季と喫茶店で向かい合い、彼女の言葉を理解しようとしていた自分。

それらはすべて、確かに私の記憶だった。

しかし、記憶は変わる。

幼い頃に見た父の背中と、いま思い出す父の背中は、同じものではない。

あの頃、私は父を無口な人間だと思っていた。

いまは、父が何も言わなかったことに意味を見出そうとしている。

父は本当に、私に何かを伝えようとしていたのだろうか。

それとも、ただ言葉が少ない人間だっただけなのだろうか。

私が父に与えている意味は、私自身が作り出したものなのではないか。

そう考えると、過去というものさえ、確かなものではなくなる。

私たちは過去を思い出しているのではない。

現在の自分に都合のよい形で、過去を組み立て直しているのかもしれない。

そうであれば、私という存在もまた、記憶によって作られた一つの物語にすぎないのではないか。

私は自分の意志で生きていると思っていた。

しかし、その意志を作ったものが何であるのか、私は知らない。

生まれた環境かもしれない。過去の経験かもしれない。他人から受け取った言葉かもしれない。

それらすべてが混ざり合い、いつしか自分の意志という形を取っているのかもしれない。

私はそのことを直人に話した。

彼は以前より少し落ち着いた様子だった。仕事を変え、社会に対する怒りを完全に失ったわけではなかったが、何かを変えることの難しさも知ったようだった。

「じゃあ、お前はどうしたいんだ」

直人は尋ねた。

「分からない」

「分からないなら、分からないなりに動けばいい」

「それが自分の意志なのかも分からない」

直人は呆れたように笑った。

「そこまで考えたら、何もできなくなるだろ」

私は黙った。

「お前は、自分の意志が本当に自分のものだって証明できないと、何も始められないのか」

私は答えなかった。

直人は続けた。

「証明できなくても、選ぶしかないんじゃないか。選ばないことだって、結局は何かを選んでいるんだから」

私はその言葉を聞きながら、父の姿を思い出していた。

父もまた、風の正体を知っていたわけではない。

ただ、海へ出るときには帆を調整していた。

自分がなぜそうするのかを、いちいち問い直していたわけではない。

そのことを考えると、私は少しだけ、父のことを理解できたような気がした。

だが、それもまた、私の解釈にすぎなかった。

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