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Jour de lenteur  作者: といか
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5/10

5.疑

紗季とは、しばらく穏やかな時間を過ごした。

休日に食事をし、街を歩き、時には何も話さずに同じ景色を眺めた。

しかし、親しくなればなるほど、私たちは互いのことを理解できなくなっていった。

彼女が何かを話すと、私はその意味を考えた。

私が何かを話すと、彼女はその言葉の裏にある気持ちを探そうとした。

そして、いつしか会話そのものが、互いの内側を確認する作業になっていた。

ある晩、紗季は私の部屋で、窓際に置いてあったコップを手に取った。

「これ、いつからあるの?」

「覚えてない」

「ずっと使ってる?」

「まあ、そうだな」

彼女はコップを眺めていた。

「同じものを見ていても、見えているものって違うんだろうね」

私は彼女を見た。

「どういうこと?」

「私はこれを、ただのコップだと思う。でも、あなたにとっては違うかもしれない。誰かにもらったものかもしれないし、何かを思い出すものかもしれない」

彼女はコップを机に戻した。

「物そのものと、それに対して感じることって、別なんだろうね」

私は少し考えた。

「人間も同じなのかもしれないな」

「人間?」

「他人を見ているつもりでも、実際には自分の認識を通してしか見られない。相手がどういう人間なのか、本当のところは分からない」

紗季は黙っていた。

「それでも、私たちは分かったつもりになる。相手に名前をつけて、性格を決めて、こういう人間だと理解した気になる」

「それって、寂しいことだね」

彼女は言った。

「どうして?」

「分からないまま一緒にいることはできないの?」

私は答えられなかった。

その問いは、私が考えていたことの反対側にあった。

私は他人を理解できないことを恐れていた。

だから、理解しようとしていた。

しかし、紗季は理解できないままでいることを、必ずしも拒んでいなかった。

彼女にとって、他人とは完全に理解する対象ではなく、分からない部分を残したまま隣にいる存在だったのかもしれない。


それから数日後、紗季は私に別れを告げた。

理由は、特別なものではなかった。

私たちは互いに嫌いになったわけではない。ただ、一緒にいることが少しずつ難しくなっていた。

「あなたは、何でも考えすぎるんだと思う」

最後に会った日、彼女はそう言った。

「考えないと分からないこともある」

「そうだね。でも、考えても分からないこともあるよ」

私は何も言わなかった。

彼女は少しだけ笑った。

「分からないままでも、大切にできることってあると思う」

その言葉を、私は長い間忘れられなかった。

紗季が去ったあと、部屋にはコップだけが残っていた。

私はそれを手に取った。

透明で、硬く、冷たかった。

しかし、それが本当に何であるのか、私はもう分からないような気がした。

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