4.選
紗季と出会ったのは、直人と酒を飲んだ数週間後のことだった。
職場の知人を通じて紹介された女性で、私より二つ年下だった。
彼女は、初対面の人間に対しても不思議と自然に話すことができた。人の話を聞くときには、相手の目をまっすぐ見ていたが、何かを尋ねられると、少しだけ視線を外す癖があった。
最初に会ったとき、私は彼女がよく笑う人間だと思った。
しかし、何度か会ううちに、その笑顔がいつも同じ形をしていることに気づいた。
ある日、二人で喫茶店に入った。
紗季はコーヒーを飲みながら、仕事の話をしていた。職場では周囲に気を遣い、頼まれた仕事を断ることができず、休日も仕事の連絡を気にしてしまうという。
「自分でも、何がしたいのか分からなくなるんだよね」
彼女は笑いながら言った。
「昔はもっと、自分の好きなことがあった気がするんだけど」
「好きなことをすればいいんじゃないか」
私がそう答えると、彼女は少し考えた。
「それが分からないから困ってるんじゃない」
私は返事に困った。
彼女は窓の外を眺めていた。
「自分で選んだと思っていたものが、誰かに選ばされたものだったら、どうすればいいんだろう」
私は、その言葉に妙な親近感を覚えた。
直人と話したときにも、似たようなことを考えていたからである。
「どういう意味?」
「例えば、私は昔から、人に嫌われないようにしてきたの。親にも、先生にも、友達にも。そうしているうちに、何をしたいかより、何をすれば嫌われないかを考えるようになった」
彼女はコーヒーを一口飲んだ。
「それで、今の私は自分で選んで生きているのかなって」
私は彼女を見た。
「でも、それも一つの生き方なんじゃないか」
「そうかもしれない」
彼女は静かに言った。
「ただ、自分の人生なのに、自分がどこにもいない気がするの」
その言葉が、私の中に残った。
自分の人生に、自分がいない。
それは、私自身にも当てはまることのように思えた。
私は村を出た。
街へ行くことを自分で決めた。
仕事を選び、住む場所を選び、人と関わりながら暮らしてきた。
しかし、その選択は本当に自分のものだったのだろうか。
村にいた頃、私は街に憧れていた。街にいる人間は自由に見えた。自由に見える人間になりたくて、私は街へ出たのではないか。
もしそうなら、私の選択は、街という場所が作り出したイメージに従っただけなのかもしれない。
紗季と会うようになってから、私は自分が他人を理解していると思い込んでいたことにも気づいた。
彼女が笑えば、楽しんでいると思った。
彼女が黙れば、何かを考えていると思った。
彼女が私に会いに来れば、私に会いたいのだと思った。
だが、それらはすべて私の解釈だった。
彼女の内側にあるものを、私は何一つ確かめていなかった。
人間は、他人を見ているようで、実際には自分の中に作り上げた他人を見ているのかもしれない。
そのことを考えると、私は少し怖くなった。
私が好きになった紗季は、本当に紗季だったのだろうか。
それとも、私が理解できる形に整えた、私自身の中の紗季だったのだろうか。




