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Jour de lenteur  作者: といか
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2/10

2.風

父の船は古かった。

船体の塗装はところどころ剥がれ、甲板には長年の潮が染み込んでいた。港に並ぶ新しい船と比べれば、いかにも頼りない姿をしていたが、父はそれを買い替えようとはしなかった。

「まだ使える」

父はいつもそう言った。

私はその言葉が嫌いだった。

古いものに執着することが、必ずしも美徳だとは思わなかったからである。壊れかけたものを修理しながら使い続けるより、新しいものを手に入れた方が合理的に思えた。

しかし父は、合理性という言葉を好まなかった。

父にとって重要なのは、船が海に出られるかどうかだった。

ある冬の朝、私は父と一緒に港へ出た。

海は荒れていた。白い波が防波堤にぶつかり、細かな飛沫が風に流されていた。父は船の様子を確かめると、しばらく黙って海を眺めた。

「今日は出ないの?」

私が尋ねると、父は短く答えた。

「出ん」

「なんで?」

「危ないからだ」

私は少し不満だった。

せっかく早起きしたのに、海へ出ないのなら意味がないと思ったのである。

「風が強いなら、帆を調整すればいいんじゃないのか」

父は私を見た。

そして、ほんの少し笑った。

「帆を調整するのと、無理をするのは違う」

私は、その違いがよく分からなかった。

父は船の綱を確かめながら続けた。

「できることと、やるべきことは同じじゃない」

そのときの私は、その言葉にも興味を持たなかった。

父の言葉は、いつも私の理解より少し先にあった。

やがて私は村を出た。

街へ行けば、もっと多くのものがあると思った。人間も、考え方も、仕事も、人生の選択肢も、すべてが村より広いのだと考えていた。

父は私を引き止めなかった。

出発の日、父は港まで見送りに来た。

「身体に気をつけろ」

それだけだった。

私は、もう少し何か言ってくれてもいいのにと思った。

しかし、父は何も言わなかった。

その背中を見ながら、私は父という人間が少し分からなくなった。

父は私がどこへ行くのか、何をするのか、どのような人生を望んでいるのか、ほとんど尋ねなかった。

私の人生に関心がないのだろうか。

それとも、他人の人生を他人のものとして尊重していたのだろうか。

いまでも分からない。

ただ、父が最後に見上げた空のことを覚えている。

あの日も、風は吹いていた。

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