1.海
海というものは、昔からそこにあった。
少なくとも、私が生まれるよりも前から、あの海はあの場所にあったはずである。私が死んだあとも、恐らく同じように波を寄せ、砂浜を削り、何事もなかったように朝を迎えるのだろう。
そう考えると、人間というものは、ずいぶん短い時間を生きる存在である。
それにもかかわらず、人間は自分の人生を中心に世界を考える。自分が生まれたことに意味を求め、自分が死ぬことに理由を求める。まるで世界の方が、人間の存在を説明する義務でも負っているかのように。
私は、そうした人間の習性を嫌っていた。
しかし、嫌っている私自身もまた、人間であった。
海辺の村で育った私は、幼い頃から海を見ていた。
村には大したものがなかった。小さな商店と、古びた診療所と、港へ続く細い道。冬になると風が強くなり、家々の窓は一晩中、かすかな音を立てていた。
父は漁師だった。
母は私が幼い頃に亡くなり、父と二人で暮らしていた。父は無口な人間で、必要以上に物事を説明しなかった。食事のときも、仕事のときも、何かを考えているときも、父の表情はほとんど変わらなかった。
ただ、海へ出る前だけは違った。
父は必ず空を見上げた。
雲の流れを眺め、頬を少しばかり海の方へ向ける。ときには目を閉じ、何かを確かめるように、しばらくその場に立っていた。
私は、父が何を見ているのか分からなかった。
ある日の夕暮れ、父は船の帆を調整しながら、私に言った。
「風は変えられん。帆は調整できる」
それは、私が父から聞いた数少ない教えの一つだった。
当時の私は、その意味を深く考えなかった。
ただ、父の言葉だから覚えていた。
そして、何年も経ったいまになって、私はその言葉の意味を考え続けている。
父は、風について語ったのではなかったのかもしれない。
人間について語っていたのかもしれない。
あるいは、父自身にも分からない何かについて、ただ言葉を与えていただけなのかもしれない。
私には、まだ分からない。




