第35話:不安定な世界
――数値は乱れる。だが、人々は笑う。
観測塔は、もはや観測塔ではなかった。
中央水晶は沈黙し、
国家安定機構は停止したまま。
それでも技官たちは、
独自の簡易演算装置を組み上げていた。
「暫定波形、算出します」
水晶片を並べ、
手計算に近い形で波を読む。
《推定安定値:33 → 29 → 36》
乱高下。
一定しない。
解析官が苦笑する。
「……めちゃくちゃですね」
管理官は静かに答える。
「生きている証拠だ」
——
王都・中央市場。
価格が日によって変わる。
祭りの予定も揺れる。
議論が増え、
言い争いも増えた。
だが。
笑い声も増えた。
「今日は高いな!」
「昨日は安かっただろ!」
商人が肩をすくめる。
「じゃあ明日はもっと下げるさ」
客が笑う。
不安はある。
だが、怒号ではなく、交渉がある。
——
学院。
教師が黒板に書く。
「国家安定理論――旧体系」
生徒が手を挙げる。
「先生。安定って、何ですか?」
教師は一度、言葉を探す。
そして、答える。
「……それを、これから決めるんだ」
教室にざわめき。
だが、誰も黙らない。
問いが、止まらない。
——
王城。
円卓はまだ存在する。
だが今は、命令を出す場ではない。
議論の場だ。
法務長官が言う。
「統治基準が必要です」
軍務総監が反論する。
「基準は固定できない」
王太子が口を開く。
「ならば、固定しなければいい」
沈黙。
「状況ごとに決める」
「民の声を聞き、毎回選ぶ」
法務長官が疲れた顔で笑う。
「……面倒な国家ですね」
王太子も微笑む。
「だが、眠くはない」
——
祈祷室。
宝珠は割れたまま。
聖女は修復しない。
代わりに、扉を開け放つ。
市民が出入りする。
祈りたい者は祈り、
悩みを語る者は語る。
聖女はただ、聞く。
「最近、怖いんです」
「でも、前より本音を言える」
少女がそう言う。
聖女は微笑む。
「それが、揺れるということです」
——
庭園。
レディアナが空を見上げる。
雲は不規則。
風は読めない。
遠くで子どもが転ぶ。
泣く。
だがすぐに立ち上がる。
周囲が笑う。
ティアナが言う。
「安定値、いまいくら?」
レディアナは肩をすくめる。
「さあ?」
二人は笑う。
——
観測塔。
《推定安定値:31 → 42 → 28》
乱れる。
だが、崩壊曲線ではない。
解析官が言う。
「暴動発生なし」
「経済活動、緩やかに維持」
管理官が静かに告げる。
「数値は乱れている」
「だが社会は機能している」
かつての安定は、
均一で、静かで、完璧だった。
今は違う。
波は重なり、ぶつかり、ほどける。
それでも。
消えない。
——
王城の中庭。
王太子、聖女、レディアナが並ぶ。
象徴はいない。
装置もない。
保証もない。
王太子が言う。
「怖いか」
聖女は頷く。
「はい」
レディアナも笑う。
「当然」
沈黙。
その後、王太子が小さく笑う。
「だが」
「誰も、眠っていない」
遠くから、市場の笑い声が聞こえる。
議論の声。
歌声。
怒鳴り声すら、混ざる。
数値は乱れる。
予測は外れる。
安定は保証されない。
それでも。
人々は、笑っている。
不安定な世界。
だがそこには、
選び続ける人間の姿がある。
国家は、揺れている。
だが確かに、
生きていた。




