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悪役令嬢 恋愛システムが破綻しました  作者: 南蛇井
第三章「選ぶ幸福」

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第34話:制度停止

――国家安定機構が機能停止


夜明け前。


観測塔の空気が、張り詰めている。


中央水晶は、かつてないほど不規則に明滅していた。


《国家安定値:38 → 35》


緩やかだが、確実な低下。


解析官が叫ぶ。


「分散波形、収束しません!」


「補助回路も応答なし!」


術式院長が制御盤に手をかける。


「予備演算を起動!」


だが――


《象徴核:未検出》

《適合体:接続拒否》

《強制条項:無効》


赤い表示が、次々と並ぶ。


管理官が低く言う。


「……基幹条件が消えている」


制度は、象徴と適合体を前提に設計されていた。


その二つが、存在しない。


ならば。


安定機構そのものが、成立しない。


——


王城・制御核。


中央水晶に、細かな亀裂が走る。


光は弱い。


支えを失った心臓のように、脈打ちが不安定だ。


王太子が立っている。


聖女も隣にいる。


二人とも、もう接続はしていない。


ただ見つめる。


王太子が呟く。


「終わるな」


次の瞬間。


乾いた音。


水晶の一部が、崩れ落ちる。


観測塔。


《国家安定機構:主回路断絶》


警報が鳴り響く。


解析官が震える声で言う。


「演算停止!」


「安定値算出不能!」


数値表示が、消える。


——


王都。


市場の人々が顔を上げる。


胸の奥にあった“基準”が、消えた。


これまで、無意識に感じていた国家の脈動。


それが、なくなる。


「……静かだ」


「いや、違う」


誰かが言う。


「何も決まっていない感じがする」


不安が走る。


だが同時に。


奇妙な軽さ。


縛られていた糸が、切れたような。


——


観測塔。


術式院長が机を叩く。


「再起動しろ!」


「非常補助水晶を使え!」


だが技官が首を振る。


「接続対象が存在しません」


「国家安定機構は、象徴依存型設計です」


管理官が静かに告げる。


「制度は、停止しました」


その言葉が、塔の空気を凍らせる。


——


大広間。


重臣たちが集まる。


「安定値が出ないとは、どういうことだ!」


「国は今、どの状態にある!」


誰も答えられない。


王太子が前に出る。


「……分からない」


ざわめき。


「だが」


彼は続ける。


「分からないことを、分からないまま受け入れるしかない」


法務長官が声を荒げる。


「数値なき統治など!」


聖女が静かに言う。


「これまでは、数値が決めていたのですか」


沈黙。


——


庭園。


レディアナが空を見上げる。


空は曇り。


だが、自然だ。


「止まったわね」


ティアナが小さく頷く。


「怖い?」


レディアナは少し考える。


「うん」


「でも」


「やっと、本当に始まる」


——


観測塔。


中央水晶が、完全に光を失う。


最後の表示。


《国家安定機構:機能停止》


そして、沈黙。


長い、長い沈黙。


解析官が呟く。


「……これで、終わりですか」


管理官が首を振る。


「いいや」


「これまでが、終わっただけだ」


——


王都。


ざわめきが広がる。


「安定値は?」


「誰が決める?」


問いが、街を巡る。


答えは、ない。


だが。


暴動は起きない。


人々は、不安を抱えたまま立っている。


支配的な波はない。


強制もない。


ただ、自分の鼓動だけがある。


——


王城・中庭。


王太子、聖女、レディアナが並ぶ。


誰も象徴ではない。


誰も装置ではない。


国家安定機構は停止した。


数値は消えた。


円環は砕けた。


だが。


人は、立っている。


王太子が静かに言う。


「これからは」


「誰も、保証してくれない」


聖女が頷く。


「だからこそ」


「自分で選ぶしかありません」


レディアナが笑う。


「揺れるわよ、きっと」


王太子も微かに笑う。


「揺れない国は、もういらない」


制度は止まった。


国家安定機構は沈黙した。


だが。


それは崩壊ではない。


保証なき時代の、始まり。


国家は初めて、


“仕組み”ではなく、


“人”として立たされる。


静寂の中で。


新しい鼓動が、確かに鳴っていた。

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