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悪役令嬢 恋愛システムが破綻しました  作者: 南蛇井
第二章「国家の設計図」

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第16話:王子の役割

夜。


王城最上階、王太子の私室。


灯りは落とされ、机の上には一冊の写本が広げられている。


地下封印区から回収された、複製資料。


《感情共鳴循環機構・中核理論》。


本来、王太子が目にすることのない文書。


だが今は違う。


国家安定値の急落。


聖女の揺らぎ。


そして、レディアナの存在。


すべてが、彼をここへ導いた。


ページ中央に描かれた円環。


その中心に、太字で記されている。


――象徴存在。


王太子の指が、その文字に触れる。


《象徴存在は共鳴核として機能する》


《適合体との感情同期を最大化し、安定値を増幅》


《民衆は象徴存在への崇敬を通じて波形を安定化》


彼はゆっくりと読み進める。


《象徴は個人ではない》


《役割である》


静寂。


胸の奥が、重く沈む。


役割。


それは幼少の頃から叩き込まれた言葉。


王族とは、国家そのもの。


私情を超えた存在。


だが。


恋も、役割だったのか。


聖女との出会い。


胸の高鳴り。


共鳴の温かさ。


あれは。


自然な感情ではなく。


設計された循環の一部?


王太子は目を閉じる。


レディアナの顔が浮かぶ。


共鳴しない瞳。


揺れない波形。


問いを投げる声。


“それは、殿下の感情ですか?”


あの違和感。


あれだけは。


資料のどこにも記されていない。


ページをめくる。


《象徴存在は疑問を持たないこと》


《迷いは共鳴不整合を生む》


《不整合は国家不安定を招く》


拳が、無意識に握られる。


疑うな。


迷うな。


揺れるな。


それが、王子の条件。


「……私は」


言葉が、部屋に落ちる。


私は誰だ。


人間か。


それとも。


共鳴核。


観測塔。


術者たちが緊急解析を行っている。


「王太子波形、不安定化」


「聖女との距離拡大時に振幅増大」


管理官が低く言う。


「象徴核が揺れている」


祈祷室。


聖女は宝珠を見つめている。


光は安定している。


だが。


それは努力の結果。


自然ではない。


王太子が訪れる。


二人の視線が交わる。


かつては、それだけで共鳴が満ちた。


今は。


わずかな遅延。


微細な不整合。


聖女が小さく言う。


「殿下は、幸せですか」


王太子は答えに詰まる。


幸せ。


それは共鳴値が高い状態を指すのか。


国家安定が維持されている状態を指すのか。


それとも。


自分が何かを選んだ結果の感情を指すのか。


「……私は」


彼は初めて、言葉を探す。


資料に書かれていない答えを。


「私は、役割を果たしている」


聖女の瞳が揺れる。


「それは、質問の答えではありません」


静寂。


観測塔の水晶が微細に震える。


地下書庫。


レディアナは静かに呟く。


「彼は象徴ではなくなり始めている」


ティアナが眉を上げる。


「どういう意味?」


「象徴は、疑問を持ちません」


彼女は本を閉じる。


「疑問を持った瞬間、個になります」


王太子の私室。


彼は再び資料を見る。


《象徴存在は、共鳴核として自我を抑制》


《個人感情は循環効率を阻害》


視線が止まる。


自我を、抑制。


胸がざわつく。


では。


レディアナを見たときのあの揺れは。


効率を阻害するノイズか。


それとも。


初めての“自分”か。


窓の外。


夜の王都。


灯りが揺れている。


民衆は、象徴を信じることで安心する。


王子は、共鳴核として機能することで国家を支える。


それが正しい。


それが安定。


だが。


もし。


象徴が、選びたいと願ったら。


それは罪か。


それとも。


自由か。


王太子はゆっくりと呟く。


「私は……核ではない」


その瞬間。


観測塔の水晶が大きく波打つ。


「共鳴核、不整合!」


「国家安定値、再下降!」


警鐘が鳴る。


象徴が揺れる。


共鳴が乱れる。


循環が閉じない。


祈祷室で、聖女が胸を押さえる。


「……殿下」


共鳴がずれる。


二人の波が、完全に重ならない。


王太子は理解する。


自分は、装置の中心。


象徴=共鳴核。


だが。


それは役割であって、本質ではない。


もし自分が“選ぶ”なら。


循環は崩れる。


国家は揺れる。


それでも。


あの違和感だけは。


設計外だった。


彼は窓を開ける。


冷たい夜風が入る。


初めて感じる、制度の外の空気。


役割と、意志。


管理された幸福と、選ぶ幸福。


物語は、次の段階へ進む。


象徴が揺れた。


共鳴核が、自我を持ち始めた。


それは。


制度にとって、最大の不確定因子。

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