第15話:聖女の正体
祈祷室。
聖女はひとり、宝珠を胸に抱いていた。
光は穏やか。
けれど、完全ではない。
わずかに、不規則。
観測塔では数値が揺れている。
《共鳴整合率 低下》
《国家安定値 漸減》
その中心にいるのは――彼女。
扉が開く。
王太子が入室する。
「体調は」
「問題ありません」
微笑む。
完璧な微笑。
けれど、その裏に微細な迷い。
王太子は彼女を見つめる。
「安定値が下がっている」
「……はい」
「原因は?」
沈黙。
聖女は答えられない。
答えは、胸の奥にある。
だがそれを言葉にすれば、
何かが壊れる。
その頃。
地下書庫。
ティアナが震える声で資料を読む。
《適合体仕様書》
「……仕様書って、何よ」
ページには、冷たい言葉が並ぶ。
“感情共鳴感受性を最大化”
“象徴存在との同期率を優先”
“自己疑問値は抑制”
レディアナの目が止まる。
“適合体は国家安定装置の中核とする”
ティアナが顔を上げる。
「装置……?」
「ええ」
レディアナは静かに言う。
「聖女は“人”である前に、機構の核」
祈祷室。
聖女は宝珠を見つめる。
幼い頃から、共鳴力が高いと言われた。
選ばれた。
祝福された。
王太子の隣に立つ存在。
民衆の安心の象徴。
だが。
それは“役割”だったのか。
王太子が手を伸ばす。
「君が揺れると、国家が揺れる」
その言葉は真実。
だからこそ、重い。
聖女の胸に、小さな痛み。
“私が揺れると、国家が揺れる”
ならば。
私は、揺れてはいけない。
地下。
ティアナが別の資料を開く。
《適合体育成過程》
「……感情補正?」
レディアナが読む。
“幼少期より共鳴波に曝露”
“安定反応を強化”
“自然疑問の除去”
ティアナが息を呑む。
「……自然疑問の除去って」
「疑う力を弱める処置」
静かな断言。
聖女の微笑。
揺れない感情。
完璧な愛。
それは――
“設計”された可能性。
祈祷室。
聖女の呼吸がわずかに乱れる。
「殿下」
「何だ」
「もし……私が、適していなかったら」
王太子の眉が動く。
「何を言っている」
「私は、殿下を想っています」
それは本心。
だが。
「でもそれが、私自身の感情なのか……」
宝珠が強く揺れる。
観測塔。
「急激な共鳴低下!」
「安定値、危険域接近!」
鐘が鳴る。
王城の空気が重くなる。
王太子は彼女の肩を掴む。
「君は聖女だ。国家の核だ」
その言葉。
“国家の核”。
それは励ましではない。
定義。
聖女の瞳が揺れる。
私は。
人?
それとも。
装置?
地下書庫。
レディアナは静かに本を閉じる。
「彼女は選ばれたのではありません」
「じゃあ?」
「作られた」
ティアナが目を見開く。
「……残酷ね」
「ええ」
レディアナの声は低い。
「でも、彼女も被害者です」
聖女=適合体。
適合体=国家安定装置。
恋愛の中心。
共鳴の核。
揺れない愛を保つための存在。
だが今。
その核が、疑問を持ち始めている。
祈祷室。
聖女は宝珠を外そうとする。
指先が震える。
怖い。
外せば、何かが崩れる。
でも。
外さなければ。
私はずっと装置のまま。
王太子はその手を止める。
「やめろ」
声は強い。
命令に近い。
その瞬間。
聖女は理解する。
私は守られているのではない。
守らされている。
国家のために。
宝珠が光る。
強制補正。
波形が無理やり整う。
観測塔。
「安定値、一時回復」
だがそれは、人工的な修復。
亀裂は消えていない。
聖女の瞳に、涙が浮かぶ。
「私は……誰ですか」
王太子は答えられない。
地下。
レディアナは天井を見上げる。
「第二幕は、彼女の物語でもあります」
恋愛は装置。
王子は象徴。
そして聖女は――
国家安定装置。
だが。
装置が疑問を持ったとき。
制度は、最も脆くなる。
王城の灯が揺れる。
安定値は回復したように見える。
しかし。
内部には、決定的なひび。
恋愛劇は完全に解体された。
残るのは。
問い。
あなたは、
誰のために
愛していますか。




