第11話:安定値急落
観測塔・最上層。
水晶盤が、かつてない速度で明滅していた。
「……共鳴安定値、下降」
術者の声が震える。
「誤差ではありません。持続的低下です」
中央の大水晶に浮かぶ数値。
国家安定値――
緩やかだった線が、今は明確に右肩下がり。
原因解析。
第一候補。
《聖女波形の乱れ》。
祈祷室。
聖女は一人、宝珠を胸に抱いていた。
光は穏やか。
だが、完全ではない。
ほんのわずかに、不規則。
彼女は目を閉じる。
王太子を思い浮かべる。
安心。
温かさ。
――の、はず。
だが。
同時に浮かぶ言葉。
“王族が法の上に立つなら、それは専制です”
レディアナの声。
静かで、確信に満ちた響き。
胸が、ちくりと痛む。
「……私は、揺れている?」
宝珠が微かに脈打つ。
観測塔。
「聖女波形、振幅拡大」
「共鳴整合率、低下中!」
聖女は息を整える。
祈りの言葉を紡ぐ。
調和。
安定。
国家の平穏。
だが。
祈るたびに、疑問が混ざる。
あの場で。
王太子は、答えられなかった。
あの沈黙。
あれは制度の正しさか。
それとも。
迷いか。
宝珠の光が、一瞬だけ強く揺れる。
「危険域、接近」
観測塔の鐘が鳴る。
王城の一部に緊急信号が走る。
王太子は報告を受ける。
「安定値が?」
「はい。聖女様の共鳴が完全同期していません」
「原因は」
「推定――精神的動揺」
王太子の胸が重くなる。
聖女は制度の核。
彼女の共鳴が揺らげば、国家の安定が揺らぐ。
「……私に会わせろ」
祈祷室。
扉が開く。
聖女は振り向く。
王太子を見る。
その瞬間。
宝珠が、微妙に乱れた。
観測塔。
「接触時波形、不整合増幅」
王太子は歩み寄る。
「体調が悪いのか」
「いいえ……」
声は穏やか。
だが迷いが滲む。
「殿下は……」
彼女は言葉を探す。
「先日の公聴での判断を、正しいと思われますか」
静止。
王太子の胸に、再びあの違和感。
「国家のためだ」
反射的な答え。
だが。
その直後。
聖女の宝珠が強く揺れる。
観測塔。
「急落!」
国家安定値が、さらに下がる。
聖女は目を見開く。
胸の奥がざわつく。
安心が、完全ではない。
整えられたはずの感情に、微細なひび。
「……私は」
彼女は初めて、恐れを感じる。
自分の感情が、制度と完全一致しないことに。
「私は、殿下を想っています」
それは事実。
だが。
その想いは、どこまでが自分のものか。
王太子は彼女の手を取る。
温かい。
だが。
胸の奥の揺れは消えない。
観測塔。
「共鳴補正を強化しますか?」
「いや……」
上層からの命令が止まる。
強制補正は可能。
だが、それは“自然共鳴”を損なう。
制度の根幹に傷がつく。
祈祷室。
聖女は静かに言う。
「殿下。もし、法が揺らいでいるなら……」
言葉が詰まる。
「私の共鳴も、完全ではありません」
その瞬間。
数値が大きく跳ねる。
安定値――急落。
王城の灯が一瞬だけ揺らぐ。
貴族街でもざわめきが広がる。
理由は誰にも分からない。
だが空気が変わる。
王太子は初めて恐れる。
制度が、崩れる。
自分の選択が、聖女を揺らしている。
聖女は宝珠を強く握る。
「私は……国家のために存在しています」
だが。
その言葉の奥に、小さな疑問。
“それだけ?”
観測塔は緊急会議を招集。
報告書に赤字が並ぶ。
《安定値急落》
《原因:聖女側精神的不整合》
《発端:公開反論以降》
名前が記される。
レディアナ=フォン=アルセリア。
制度は気づく。
問題は彼女の拒絶ではない。
“問い”だ。
問いが、核に届いた。
前半の対立は、個人同士。
だが今。
制度そのものが揺らいでいる。
祈祷室。
聖女は小さく呟く。
「……私は、何を守りたいの?」
宝珠は、答えない。
ただ、不規則な光を
かすかに灯していた。




