普通のおばあちゃんたちが思う『普通』
今日のお客様は、常連のお婆さんたちだ。
彼女たちは三日おきくらいにやってきて、にぎやかに数時間過ごしていく。
「家にいるより涼しくていいものね」
「そうそう、暑いのは当たり前だけど年をとったら本当にそれだけで疲れるから」
「ここは気持ちがいいわ。確かに飲み物に大陸銀貨一枚は高いけれど、その価値はある」
口々にそう言いながらも、注文するのは温かいハーブティーだ。
「冷たいのも美味しいけど……お腹が冷えて変な感じになるのよね」
「あはは、もう若くないからだね」
お婆さんたちは、若い娘のように笑い声をあげた。
しばらくして、話題は街の噂になり彼女たちはひそひそ声になった。
「ね、ジューンも聞いてるだろう? 今街ではスラムが大問題になっててね……」
私は小鍋を拭き上げ、壁にかけてからお婆さんたちの方に振り向いた。
若い頃よりずいぶん小さくなった三人は、ちんまりと椅子に収まっている。
二人は赤ちゃんの頃から知っているが、もう一人は五十年くらい前に街に嫁いできた人だ。
「ああ、娼婦が殺されたって事件でしょ」
「それもあるけど……」
(おや、ほかにも何かあったのかしら)
「昔はあんなんじゃなかったよねぇ」
確かにスラムのある場所は数十年前、不便な場所だから閑散とはしていたが普通の住宅街だった。
両隣にある大国同士は今もなお戦争中で、時々小競り合いがある。
が、大きな戦争は一旦数十年前で終わっている。
その時に難民を受け入れたのが、スラム街の始まりだったように思う。
「当時は王宮から炊き出しや、仕事の斡旋があったんだけどねぇ……」
「ずっとは無理だから」
「気が付いたらスラムになってたのよね」
「娼婦より、子供が店先から品物を盗んでいくほうが迷惑だよ」
「どうしたもんかねえ」
「全く、金がない、住む場所もないのになんで子供を産むのかさっぱり理解できないよ」
「ほんとにねぇ」
「そう言えば、うちの孫嫁が来月お産で──」
お婆さんたちの話題は、孫のお嫁さんに移っていった。
スラム街の子供か。
そこで生まれた子だけしかいないわけじゃないと思うのだけれど。
旅の途中で捨てられたりしてる子供も多いんじゃないかな。
孤児院みたいな場所は無いし、救貧院はスラム街の人間を拒んでいる。
時々、スラム街の入口でスープの炊き出しがあるくらいだ。
シグルは貧しい国では無いけれど、お金が無限に出てくるわけではない。
誰かが身銭を切らないと、貧しい者へ必要物資を分け与える事は出来ないのだ。
(救貧院は国から支援を受けてるはずだけれど……スラム街の人たちまでは予算が出てないんでしょうね)
その場しのぎの炊き出しなら出来るが、継続的支援や生活の立て直しには、かなりのお金がかかる。
逆にそれを手厚くやってしまえば、当てにして働かなくなる者も出てくる。
匙加減が中々難しい問題なのである。
「…………どう思う?」
「あら、聞こえてなかったわ。何かしら」
「娼婦が殺された事件だよ」
どうやら一周回って、また娼婦殺しの話に戻ってきたようだ。
「定期的に起きてて、犯人は捕まってないんでしょう」
「警邏隊はそう言うんだけどね、怪しいやつはいっぱいいるじゃないか」
お婆さんたちはウンウン、と頷いた。
「あたしはね、ここ数年に越してきた人を調べなって言ってやったんだけどね」
「馬鹿ねえ、そんなの調べてるに決まってるだろ」
「犯人は男だろう? 相手は娼婦だし……」
私は新しい布巾を出して、手元を拭ったあと口を開いた。
「なにも発表されてないってことは、まだわからないってことよ」
「そりゃそうだけどさ……」
結局のところ、みんな『わからないこと』が不安なのだろう。
だから憶測で自分が納得しやすい筋書きで想像するのだ。
(娼婦に用のある人が男性だけとは限らないけれど、客を取るというイメージから、そういう関係だと思考誘導されていくのよね……)
娼婦同士の争いかもしれないし、思いもよらない立場の人が犯人の可能性もある。
みんなが犯人は男性だと口を揃えて噂するのは──単に娼婦が殺される事件と言うと、大抵は痴話喧嘩が多いという理由からじゃないかな。
もちろん、よくあるトラブルの場合もあるだろう。
(連続だってジルバは言っていたけれど、私から言えることもないし)
お婆さんたちは良き妻であり、母であり、祖母である。
その意見は悪気はないけれど、スラム街の現実とは温度が違う。
普通に生活してきた人たちに、理解しろというのは難しい。
私はグラスを磨きながら、そっとため息をついた。




