街の噂
──夜のシグルの街はさほど明るくはない。
中心に近い位置にある王宮は燦然と輝いているが、それ以外の区域は所々出力の低いオレンジ色の魔導灯があるだけ。
動力の魔核が高いので出力は最低にしてあるのだろう、その光量は暗闇ではないが明るくもない……といった程度だ。
(確かにこれじゃあ、ちょっと離れた相手の顔は見えないわね……)
そもそも歓楽街以外は、夜に出歩く人はあまり居ないから充分なのかもしれない。
防犯にはならなさそうだけど。
「そもそも人気もないから目撃者なんて、タイミング良く現れないものね」
件の娼婦連続殺人事件は、私の店とは逆の町外れにあるスラム街で起きているらしい。
歓楽街にいる娼婦と違って、スラム街の娼婦は訳ありが多く、細かい注文はつけない場合が多い。
格安で気軽に買えるとあって、スラム街の入口には客を待つ娼婦と客がちらほら見られるのだ。
(ちゃんとしたお店の方が危険ではないのにねぇ……少しの金を惜しんで安い娼婦を買うなんて、リスクしかないのに)
とは言ってもビジネスとして成り立っているのだから、需要はあるのだろう。
スラム街まで足を伸ばすつもりはないが、私は歓楽街までブラブラと歩いていった。
歓楽街はやや明るく、通りは賑やかだ。
宿屋もこの周辺に集中しており、夜中まで開いているお店もいくつかある。
「…………」
この中の誰が、人殺しの皮を被っているのか。
(鑑定魔法である程度素性はわかるけれど……)
鑑定を弾く魔道具は安価で、アクセサリーとして着けているものが多い。
一般的に鑑定魔法をかけるのは失礼なことなので、防御のアイテムが流通しているのは当然だ。
まあ、魔力差があればそんなものは突き抜けられるのだが。
一見便利な鑑定魔法だが、魔力波が独特なのでかければ必ず相手に気が付かれる。
無断でこっそりというわけにはいかないのだ。
「……帰るか」
いつもと変わらぬ歓楽街をちょっとの間眺めて、私は自宅へと転移した。
翌日、店を開けた私は街のお爺さん一人と若い三人連れの女性を迎えた。
お爺さんは商売人だったが、今は悠々自適のご隠居さん。
百歳近いはずだが、まだ足取りも軽やかで元気いっぱい。
女性客たちは街の警邏隊員の奥様たちだ。
「おお、パスタがあるのか。んじゃパスタセットにするか」
一席離れて陣取ったお爺さんはミートソースのパスタとミントティー。
奥様たちはそれぞれ好みの果物を選び、スムージーを注文した。
「ねね、ジューンさんも聞いた?」
「なにかしら」
「ほら、今噂のスラム街の……ええと、個人営業の女性の」
「ああ、殺されたっていう」
「そうそう」
やはり街は噂で持ちきりのようだ。
「うちの旦那なんて二回も休日がなくなっちゃって」
「うちもよ。もう十日も休んでないもの」
「そもそも街中を六人だけで警備するほうがおかしいと思わない?」
奥様たちは殺人事件そのものより、ご主人たちの激務に不安を感じているようだ。
(確かに隊長さん含めて六人は厳しそう)
最後のスムージーを作り終え、出し終わった私は黙ったまま奥様たちの雑談に耳を傾けた。
「ね、あの場所がなければ……」
「ほんとよね、迷惑な話よね。そう思わない? サンドさん」
声の高い奥さまが、お爺さんに話しかけた。
サンドさんは白いひげについたミートソースを丁寧に拭い、口を開いた。
「そうだなぁ……娼婦は必要悪だと思うがね」
「ええーっ、必要かしら」
サンドさんは頷き、奥さまたちに向き直った。
「欲求を発散できない男が、あんたたちみたいな奥さんや、そこらのお嬢さんを襲ったら困るじゃろ」
「…………」
「そういう意味では必要な仕事と思うがね」
「そう言われると、そうね……確かに」
「ここらは旅のものも多いから、尚更だ。女子供は用心しなきゃならん」
「そうね、本当にそうだわ。でもあの場所は何とかしてほしいわぁ」
「ほんとにね、近寄っただけで匂いもすごいし」
「なんとかならないのかしら」
(誰が金を出してなんとかするか、よね。例えなんとか出来たとしても──そこの住民に、普通に生きていくための仕事を与えないと元の木阿弥だし)
「それより警邏隊の人員を増やしてほしいわ。夫は三人目を欲しがってるけど、家にいないんじゃもう無理って言っちゃったわ」
「ああ、あなたの親はヘイデンだものね」
「実家が近い人が羨ましいわ」
奥さまたちの話題は、実家や義実家の愚痴へと変わっていった。
サンドさんは本を取り出し、拡大レンズをかざしながら読み始めた。
店内はいつも通り、優しい時間が流れている。
エルフが作った安全領域は、脅かされることはない。
(どうぞ、ごゆっくり)




