お疲れのジルバ
「今日は非番なんだけど、差し入れに持っていくからたんぽぽ珈琲と、こないだ俺が食べたチーズケーキ六つずつ持ち帰りで頼む」
もじゃもじゃ頭を振りながら、この街の警邏隊長であるジルバは薄いミントティーをゆっくり口に運んだ。
「差し入れ……忙しいの?」
「ほら、前に話しただろ……アレから静かだったんだが、数週前にまた娼婦が殺されてな」
「ああ、だから街に警邏の人が多かったのね」
「みんな休み返上だよ、俺は十連勤だった」
ジルバはため息をつき、ミントティーに砂糖を入れた。
シグルの城下町はさほど大きくはないが、砂漠の真ん中にあるので旅の中継地点にしている者が多い。
出入りが激しく、捜査は難航しているようだ。
「大変ね。差し入れの分は値引きしておくわ」
「お、悪いな。魔法だったら魔力痕から追跡も可能だったんだが」
「ということは、魔法ではない?」
ジルバは頷き、またため息をついた。
「ナイフで心臓を一突き。右耳たぶを小さく切り取っていっている」
魔法があるこの世界で、魔力痕が出ないのは珍しい。
魔力を持っていれば、無意識に出ているものなので微弱に痕跡が残るものだからだ。
でも、それを隠蔽する魔道具は存在しているから、絶対的な証拠にはならない。
それにそういう類の魔道具は値が張るので、一般人が所持しているとは考えにくい。
「手口は同じ、狙う層も同じ。同一犯だと思うんだがなぁ、いかんせん旅人が多すぎてお手上げだ」
「刃物はそんなに珍しくもないものねぇ」
「ああ。だがそれも時空庫持ちだったら出てこないからなぁ……」
「うーん、エルフの私が言うのもなんだけど……エルフなら魔力痕を残さずやってのけると思うのよね。でもほら、エルフがわざわざ犯行を隠すとは考えにくい」
「あー……、エルフなら娼婦ごと消すだろうし、そうじゃなくてもナイフを持ったままそこら辺歩いてそうだしなぁ」
エルフは本当に弱肉強食の世界の住人なので、人間たちに何かしたとしてもわざわざ隠したりはしない。
全く隠さないか、証拠の死体すら残さないであろう。
……というのが警邏隊の判断で、私は最初から容疑者ではないようだった。
「数年前から起きてるのよね」
「ああ。数ヶ月置きに。今回は長くて半年近く開いてるがね」
「なるほどねえ」
ジルバは二つ目のチーズケーキを食べ終わり、満足そうに立派な腹をさすった。
「この街に住んでいるか、定期的に訪れる者とは思ってるんだが」
「ああ、その定期的に訪れる者が多すぎるのね?」
「そうなんだよ、隊商も商会名と隊長の身元だけはわかっているが、個人までは把握してない」
ジルバは今日何度目になるかわからない溜息をつき、差し入れを受け取り帰っていった。
「…………魔力痕無しって逆に珍しいけれど」
静かな店内に食器を下げる音と、私の独り言が響く。
(一番に考えられるのは魔力自体がない魔欠けの人が犯人って説よね)
役に立つ魔法があれば仕事に繋がって稼げるけれど、魔力を内包したまま放出できない人も多い。
詳しくは聞かなかったけれど、殺された娼婦は後者の可能性が高い。
(だけど、内包魔力のある人間を魔欠けが攻撃して仕留められるだろうか?)
魔力がある人間は無意識に身体強化を使っているので、魔欠けよりはるかに肉体的強度が高いはずだ。
(不意打ちなら、或いは……。でも娼婦がそんな隙を見せるかしら)
自分のために薬湯を淹れ、カウンター内の小さな椅子に座って飲みながら色々と考えてみる。
(魔欠けが砂漠を旅するというのも考えにくい。砂漠を一人で歩くのは、まず無理。誰かと一緒の場合……魔欠けは珍しいから、会えば覚えている人がいるもの)
街に住んでいる魔欠けも二、三人しかいないし、数が少ない魔欠けの犯行と決めつけるのは、ちょっと無理があると思う。
(そうなると、魔力痕を正確に探知できる人材がシグル国内にいない可能性のほうが高いかもね)
残留魔力は時間とともに消えていく。
都合よくそれを調べられる者がいれば別だけれど──大都市ならいざ知らず、小さな国の城下町にそんな人材が常駐しているとも思えない。
「結局迷宮入りになりそうねえ」
もちろん私は関わらないつもり。
魔力操作には長けているけれど、私はカフェの店主であって探偵ではないのだ。




