スケルトンのお客さん
「たんぽぽ珈琲を」
カウンターに座った友人が厳かに注文を出した。
彼はスケルトン族だが、一応人間に見えるよう魔道具を装備している。
名をネモという。
先日来店した吸血鬼のお嬢さん、ネモフィラの父親である。
「珍しいわね、大陸に出てくるなんて」
「そうであるな。我輩はあまり出歩くのが得手ではないものでなぁ……」
人間や獣人、それに近い種族はあちこちの大陸で生活しているがネモの住居は遥か遠くの群島にある。
どの大陸からも離れていて、航路からも外れているので──その名を知っている者は、群島の住人くらいという僻地の中の僻地。
通称『魔界』
魔王が統べていた頃の通称がまだ残っている。
今は王政を廃止し、魔王がやっていた仕事は議会のようなもので回されている。
「私は魔界に行ったことがあるし、なんならお気に入りのお店もあるけれど……住んだことはないのよね」
「住んでしまえば、どこも変わらないものである」
「それもそうね」
私は煮出したたんぽぽの根を濾し、ネモの前においた。
ネモはしばらく無言でたんぽぽ珈琲を味わっている様子。
スケルトンが飲食をどうやって行なっているのか、香りを嗅ぎ分ける能力があるのか、とても興味深い。
「ねえ、美味しい?」
「うむ。香ばしく、ナッツのような風味のなかに土臭さが僅かにある。これはいいものであるな」
「毎回、スケルトンってどうやって香りを感じているのか不思議なのよ」
「ははは、我々が肉がある身体がどうなっているのか、生きている間は何故腐らないのかと考えるのと一緒であるな」
「確かに」
生者が何らかの要因でアンデットになったものと、ネモのような不死族は全く別物だ。
不死族は普通に両親から産まれてくる。
見分けがつきにくいので、人間を怖がらせないよう人間に扮して来ているのはネモが紳士だからだ。
「ネモフィラが世話になったな」
「なにもしてないわよ、ただたんぽぽ珈琲出しただけ」
「なんせ魔界から出たのが初めてであって、知り合いがいて安心したようである」
「あ、そういうこと」
「うむ、我輩も安心だった」
私は自分にもたんぽぽ珈琲を作り、ネモの横に腰掛けた。
他のお客様はいないし、たまにはいいだろう。
「そうだ、幻香桃花は見つけられたのかしら」
「十日ほどかかったが、一つ持って帰って来たぞ」
「あら、見つけられたのね」
「まあ、一つでは濃厚な香水は作れなくてな……結局、作れたのは入浴剤一回分であったが……」
「そうねえ、香水にするならもっと数がないと」
「で、あるな」
「そう言えば、ネモフィラが末っ子かと思っていたのだけれど。弟がいるんですって?」
「ああ、フレ坊か。あの子は少し前にカルミラが拾ってきてな……」
カルミラというのは王政を廃止した当の本人で、魔界最後の魔王……紛れもなく女王様だった吸血鬼だ。
ネモの奥様も吸血鬼で、家族ぐるみで仲良くしている。
ただカルミラは過保護過ぎて子育てには向いていないらしく、その「フレ坊」はネモの屋敷で養育しているらしい。
「自分の誕生日に沼に落ちたって、ネモフィラがプンプンしてたわ」
「ああ。やんちゃな子でなぁ……だが、ネモフィラは文句ばかり言う割にはどこでも一緒に連れて歩いておる」
「ふふっ、なんだかんだ言って弟が出来たのが嬉しいんでしょうね」
「妻もそう言っておる」
「まあ、私その子は見てないのだけど。ネモフィラはいいお姉さんしてたわよ」
「それは重畳」
ネモはそう言うと、ゆっくり立ち上がった。
「では、またな」
「あら、もう帰るの」
ネモはそのまま転移していき、私はネモフィラの幼さの名残がある小さな顔を思い出しながら洗い物を済ませた。
「…………」
スケルトンと吸血鬼の子。
産んだのは母親の吸血鬼だが──。
(母側がスケルトンだったら、お産はどうなるのかしら?)
そもそも骨に子宮があるとは思えないのだけれど。
だが、スケルトンたちは普通に飲食して味わい、見て、香りも感じている。
本来なら細胞が果たすシステムを、魔力でどうにかしているのだろうか。
「……まだまだ知らないことがいっぱいねぇ」
店を閉める準備をしたあと、私は帰らずに市街地へ向かった。
今日はサーカスの最終日なのだ。
ハーフリングたちのサーカスは面白いので、せっかくなので見に行きたい。
外に出ると鮮やかな夕焼け模様。
二つの月が空の端に顔を出し始めている。
「砂漠は過酷だけれど。晴れた日の空は格別ね」
私はそう呟き、扉に鍵をかけた。




