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長命エルフの小さなカフェ〜今日はなに飲む?〜  作者: 藤 野乃


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老婆とその愛


 からん。


 最近扉につけた鈴が可愛らしい音を立てた。

 白湯しか頼まないあのドワーフが湿布のお礼にと送ってきたものだ。


 (ドワーフがわざわざ鈴を作るなんて、面白いわ)


 入って来たのは若い男性と老婆。

 男性は老婆を座らせ、後で迎えに来ると言い出て行った。


「お邪魔するよ」


 前回より小さくなった老婆は囁くようにそう言った。

 毎年初夏に一回だけ来る老婆。

 もう五十年毎年顔を合わせているが、名前を知らないお婆さんだ。

 頼むのはいつも甘いミントティー。

 ミントを洗い、葉をむしる私に小さな声でこう言った。


「来年は来られない。やっとお迎えが来そうだよ」


「……そう」


「結局、生きてる間に楽になることはないんだね」


「……そうね」


 老婆は若い頃、十歳の男の子を事故で亡くしている。

 ミントティーはその彼の好きな飲み物。


「今でも思うんだよ、なんであの時一人でお使いに出してしまったのか。なんで自分で買い物に行かなかったのか……」


 愛するものを失った傷は癒えない。

 我が子ならば尚。


「そうね、悲しみが消えることはない。傷は塞がっても痕は残る」


 老婆は頷き、カップを手に取った。


「あんたはエルフだろう。別れを多く見てきている。忘れられない人はいるかい?」


「いるわ」


「そうかい」


 しばらく静かな時が流れた。

 外は晴れ渡り、砂を巻き上げる風もない。

 窓から見える純白の雲だけが青空に鎮座している。


「……長く生きているけれど、内緒の話をするわ。実は私はいわゆる前世持ちなの」


「へえ、エルフが……」


「違う世界で生きていた頃、同じ年頃の子を失ったことがあるの」


「…………」


「そこからこっちの世界で一万年以上生きてるのだけれど──我が子を失った傷はまだ癒えていないわ」


「そうかい」


「ねえ、長く長く生きてても我が子の死を仕方なかった事にするのは難しいのよ。時間と共に諦め、受け入れることは出来ても納得できない」


「……そうだね」


「苦しいのは当たり前よ。楽になる方がおかしいわ。もっとなにか出来たんじゃないか、なぜそうなったのか……ずっとずっと考えながら生きていくしかない」


「長生きのエルフでさえ、そうか。なら私はおかしくないんだね」


 老婆はそう呟き、シワだらけの自分の手の甲をさすった。

 何十年も働いてきた力強い手。

 弱々しくなってなお、その手は何かを求めている。


「おかしくないわ。うん、おかしくない。私もそうだもの。この世界のこの身体から産んだわけでもない我が子を今でも思い出すわ」


「そうかい」


 前世持ちはそんなに珍しく現象ではないが、オープンにする人は少ない。

 それをオープンにして楽に生きられるほどこの世界は優しくない。

 何か金になる知識がないかと手ぐすね引いて待っている者が多過ぎる。

 知識があろうと無かろうと、食い物にされボロ雑巾のように捨てられてしまう。


「前世の我が子をなお悼んでいるんだね」


「ええ。忘れたら、本当に失ってしまう気がして」


「前世持ちだなんて……そんな話を私にしちゃっていいのかい」


「あなたは誰にも言わない。そうでしょう?」


 老婆はポットのミントティーを震える手でカップに注いだ。

 二杯目はお砂糖無しで。


「エルフの秘密なんて恐れ多くて誰にも言えないよ」


 彼女の深い皺が刻まれた目尻が下がり、小さな笑い声を立てた。


「あなただけよ、これを話したのは。今後これを話す人もいないと思う」


「あんた、私を慰めようとしてるんだね」


「いいえ。痛みの共有よ」


「痛みを分かち合う……」


「そう。エルフだって人間だって、同じ痛みよ」


 沈黙、そして溜息。


「さっき来た子は娘の子、ひ孫でね。もう息子より年上になった」


「そうなの」


「なのに私はまだあの日を忘れられないんだ」


「おかしくないわ。子供が何人いたって代替にはならないもの。息子さんは息子さん、娘さんは娘さんだわ」


 からん。


 ひ孫という若い男性が扉を開けた。


「おや、もう時間かい」


「お代は要らないわ。秘密の口止め料よ」


 老婆は頭を下げ、ひ孫の差し出す手を取った。

 きっと来年は来ない。

 結局最後までどこの誰かもわからないお婆さん。

 扉のベルがもう一度可愛らしくなって、店内には静寂が満ちる。

 私は空になったポットとカップを手に取る気にはなれず、しばらく音のない店内で夕日が周囲を染めるまでそれを眺めて過ごした。

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