証拠隠滅?
「今日はね、孫からおいしいパウンドケーキがあるって聞いて来たのよ」
小柄な老婦人がカウンターに座り、メニューに目を通してから静かな声でそう言った。
それはまだ一個しか出していないから、パウンドケーキを食べた若い女性のお祖母様なのだろう。
「同じものを召し上がりますか?」
「ええ。それと──この三番のブレンドハーブティー」
三番は冷え性に良いハーブティー。
生姜、リンデン、ローズマリー、シナモンにカモミール。
一年中暑い砂漠の国にあるこの店ではたまにしか来ない注文だ。
私の顔を見て老婦人は恥ずかしそうに付け加えた。
「なんだかね、年を取ってから手足が冷えちゃって」
──確かに加齢による筋肉の衰えや血管の弾力性が失われて血行が悪くなるのは事実だ。
たまに出る三番は年配の女性や病後の人が注文することが多い。
「そういう方多いみたいです。このハーブティーは血行も良くなるし、冷えから来る痛みの軽減にもなりますよ」
「嬉しい。夫や子供なんて、こんな暑い国で寒いだなんておかしいって言うのよ。あらほんと、おいしいパウンドケーキね」
「私も気に入ってるんです、ヴィランテの田舎町から買ったのですけれど……」
老婦人は目をパチクリとさせ、もう一度メニュー表を見返した。
銀縁メガネの鎖がしゃらりと微かな音を立てる。
「あらほんと。ヴィランテの麦の穂ってお店のものなのね。イヴォークでヴィランテのものが食べられるなんて、なんだか得した気分だわ」
ドアが開き真赤な髪の小さな頭が二つ、中を覗いている。
お客様なのだろうかと一瞬迷ってしまい、私が口を開く前に元気な声が響き渡った。
「いたいたー! おばあちゃん!」
「父さんがここだろうって言ってたもんね」
どうやら老婦人の家族のようだ。
「夫ったら子守が嫌になったんだわ、私の居場所をバラすなんて」
笑い出した老婦人は両脇に一人ずつ座らせ、果実水を二つ追加注文した。
「子供限定でパンケーキを焼いてるのよ。オマケだから小さいけどね」
「やったぁ!」
双子のようによく似た二人だが、従兄弟同士のようだ。
お祖父さんは元気いっぱいの孫に辟易して、奥様に丸投げしちゃったんだろうか。
よく聞く話だけど、女性にも一人でゆっくり過ごす時間は必要だと思うわ。
「いえね、今家に六人の孫が来てて……それが全員お祖父ちゃんっ子でね」
「それはそれは。お祖父ちゃんも楽じゃないですねえ」
「ふふっ。体力もお財布も空っぽよ。あなたたち、他の子には内緒ですからね」
「はあい!」
「はーい!」
小さなパンケーキは思いのほか喜ばれ、パウンドケーキをいたく気に入った老婦人は「絶対通うわ」と機嫌よく残りのハーブティーを飲み始めた。
(常連さんが増えて嬉しいけど、子供六人の相手は大変そうね)
この幼い二人も、あっという間に大きくなって我が子と来るようになるかもしれない。
お客様がお客様を連れてくるのはすごくいい循環システムね。
寿命が違うからお別ればかりで時々寂しくなるけれど。
(でも、新しい命を見られるのは素敵なこと。もうちょっとカフェは続けたいな……)
「このパンケーキふわふわ!」
「うん、ぺちゃんこじゃないね」
「ちょっと、そんなにシロップかけちゃダメでしょ。お母さんに怒られるわよ」
パンケーキをシロップの海に沈めた二人は満面の笑顔だ。
「内緒だからいいの」
なるほど、孫の方が一枚上手ね。
「やれやれ、ごめんなさいねぇ騒がしくて」
私は小さなお客さんたちに濡れたタオルを手渡した。
服も顔もシロップでテラテラと光っている。
「ほら、拭いて証拠隠滅よ」
二人は私と顔を見合わせ、共犯者のような悪い笑顔を浮かべた。
老婦人に追い立てられ、子ヤギのように飛び跳ねながらにぎやかなお客様が帰っていく。
ドアが閉まると、痛いくらい静かになった。
「ふふっ」
私はモップを取り出し、シロップがこぼれた床を掃除し始めた。
あの子たち、絶対他の子にバレると思うわ。
花蜜シロップの香りは強いから。
「よし、綺麗になった」
次回はこぼさず食べてくれるといいのだけれど。




