猫獣人とマタタビ薬湯
「こんばんは、もう終わってる?」
閉店の札をかけようとドアを開けると、猫獣人のお嬢さんが声をかけてきた。
この店の周りには何もないので、ここ目当てに来てくれたのは間違いなさそうだ。
そして、私には急ぐ用事は何もない。
「いいわよ、どうぞ」
閉店の札だけはかけて、私は女性を中にいざなった。
「ハーブティー……あ、薬湯もあるのね。どっちも欲しいけど、順番はどうしたらいいかな」
ケイティと名乗った女性はカウンターのメニュー表に目を走らせた。
「薬湯は苦いものが多いから、先に飲んで口直しに好きなハーブティーがいいんじゃない」
「そう……そうね、そうする」
「それで、なにに効くものが良いの?」
ケイティは首を傾げ、少し無言になった。
カフェの柔らかい魔導灯の光が、彼女の艶のある漆黒の毛皮を照らしている。
「なんだか最近、ずっと疲れてて……家族とうまくやっていけないの」
「家族? 親かしら」
「いえ、……まだ結婚はしてないの。その前に同居から始めたんだけど」
ケイティは大きく溜息をついた。
「その、彼のお母さんと合わなくて……」
話を聞くと、ケイティは街の東の酒屋の息子さんの婚約者。
酒屋の女将さん、つまりケイティと合わないという当人はこの店の常連さんだった。
悪い人ではないが、世話好きが高じて人によっては距離が近いと思うタイプ。
「精神的な疲れなら、猫獣人にはマタタビ薬湯ね。落ち込んだ気持ちがリフレッシュする」
「あ、いいですね。じゃあ薬湯はそれで。ブレンドは任せます」
乾燥させたマタタビの実を一匙。
フレッシュな実も一匙。
新鮮な葉をひとつかみ。
ものすごく苦いけれど、こういうのには欠かせない黒苦滋草も。
薬湯はハーブティーより、使う量が多いのだ。
カモミール、リンデン、ローズマリーも追加していく。
どのみち美味しくないので、美味しくしようとは思わない。
全部いっぺんに煮込むわけではなく、時間差で素材を鍋に落としていく。
乾燥させたものから始めて、最後は新鮮な葉で。
魔法で加速させているので、そこまで待たせることはない。
一時間かかるものが十分余りで完成し、小さなカップでケイティの前に供された。
「ふぁー、苦いけど好きな味」
「それは良かった」
「ハーブティーはオレンジミントティーにします。甘めで」
ミントはフレッシュなものを使うけれど、オレンジの皮はいったん茹でこぼして乾燥させたものを使う。
仕上げにフレッシュオレンジの薄切りはいれるけどね。
私の手元を見つめながら、ケイティが呟く。
「意地悪だとは感じてないんですけど、いつも気にされてる気がして心休まる場所がなくて」
「ああ、そういう……」
(これは誰も悪くないやつね……)
「あのね」
私の声にケイティが顔を上げた。
「あなたの婚約者であり、義母の息子あるイシュの立ち位置が大事だと思う」
「え、イシュ……」
もちろん私は赤ん坊の頃からイシュを知っている。
忙しくしているが、聞き分けがない人ではない。
ケイティはポットからハーブティーを注ぎ、湯気に鼻をくすぐられうっとりとした顔をした。
「まず自分の気持ちを抱え込まず、イシュに話してみたほうがいいと思うわ。知らなきゃ調整しようもないでしょう?」
ケイティはカップを持つ自分の手をじっと見つめた。
「確かにイシュには私……大丈夫、としか言ってないです」
「心配させたくない気持ちはわかるけれど、言葉にして伝えないと伝わらないこともあるから」
このおっとりとしたお嬢さんに、あの女将のマシンガントークはキツイだろう。
慣れればどうってことないけれど。
息子が一時的にケイティの壁として頑張れば、円満解決しそうではある。
「そうですよね……一人になりたいときはお茶でも飲みに来ようかな……」
「いつでも歓迎よ」
何も解決してあげられないけれど、くつろぐ場所くらいは提供するわ。
それがこの店の存在意義だから。




