パンケーキ
「いらっしゃい、久しぶりね」
私は朝一番に入ってきたお客さんに声をかけた。
「うん、半年ぶりかな? まあ、また船旅が待ってるんだけどさ」
青年は白い歯を見せて、ニカッと笑った。
この青年は、世界中を旅して回る豪華客船の乗組員。
そんな彼が砂漠の真ん中に居るのは、この街に実家があるからである。
半年に一度の長期休暇があり、そのタイミングで戻ってきているのだ。
「パンケーキ。果物の」
「まったく……何度言えばわかるの。それはメニューにはないのよ。お客様が連れてきたお子様用の特別メニューだって言ってるでしょ」
「元・お子様なんだから権利はあるはずだ!」
「銀貨一枚よ」
「うん。後はリンデンティー」
あれまあ、不眠なのかしら。
いや、好きなだけかな……この人は幼い頃からリンデンティーばかりだもの。
私はリンデンの生葉を軽く洗い、ちょっと揉んでからガラスポットに入れて熱湯を注いだ。
リラックスを誘うほんのり甘い香りが周囲に漂う。
イライラや不眠、高血圧なんかに効果があると言われているけれど──目の前に座っているティガーには無縁そうな代物である。
「はちみつもくれ」
ガラスポットとはちみつの瓶をカウンターに置くと、ティガーが嬉しそうに笑った。
「母さんのイカの煮込みと、ここのお茶とパンケーキ。帰ってきたなぁって思う」
フライパンに生地を流し、焼ける間に上に乗せる果物を薄く切っていく。
いちご、ブルーベリー、ラズベリー、オレンジ……
そしてミントの葉っぱ。
特別な食材は使わないけれど、子供には人気のある軽食だ。
子供向けサイズなので、もう大人のティガーには絶対足りない量なのだけれど。
「今回はいつ出港なの」
「来月、ヘイデン始発の船に。乗ってきた船は終着がネイシア大陸だったから途中下船したんだ」
豪華客船は半年以上かけて各大陸を周遊している。
乗組員は故郷に近い港で降りて、長期休暇を取るというわけだ。
「今回はさ、予定より二週間遅れたんだよ。妹の結婚式に間に合わなかった」
「二週間も」
「ヴィランテの北海域にクラーケンが南下して来てるって話で、迂回したんだよね」
「ふうん? 相当北から移動してきてるのかしら。クラーケンって寒い海域にしかいないと思ってたわ」
カシャカシャと、泡立て器がボウルに触れる音が響く。
ティガーは満足気な吐息を漏らした。
「俺も。まあ、ヴィランテ海域には流氷もあるから、生息地域ではあるんだろうなぁ」
「……航路にクラーケン出ると大騒ぎだものね」
「はは、取りつかれたら普通に沈んじゃうからな」
フライパンの中でひっくり返したパンケーキは、滑らかで気泡もなく。
金色と言っても過言ではないくらいの焼き色。
手のひらサイズのものを三枚重ね、バターを一欠片。
スライスしたたっぷりの果物で飾って、クリームを絞る。
幼い子供というものは、大人の話に興味を示さない。
人間でも、エルフでも、獣人でも。
黙って座らせておくために、サービスとしてパンケーキを出し始めたのは……かなり昔からだ。
どの子も、私が果物を切ったりクリームを泡立てる様子をキラキラした瞳でじっと見てくる。
三世代でパンケーキを食べている常連さんもいるくらい。
普通は十五歳になったらおしまい。
ただ、ティガーのように何人かは大人になっても食べたがる。
他のお客さんがいる時は大人には絶対作らないけれど、彼らは空いている時間帯を狙ってくる。
「そんなに食べたいものかしら。パンケーキ専門店の方が美味しいでしょうに」
私はそう呟いて、パンケーキの皿をティガーの前に置いた。
「んー、このパンケーキは美味しいし、食べると何だか子供になったような気がするんだよな」
「思い出の味ってことかしら」
「そうそう。子供の頃は早く大人になりたくて、子供でいることが苦痛だったんだけどさ」
ティガーは片肘をカウンターに乗せ、カラフルなパンケーキにナイフを沈めた。
「でもさ。大人になってみたら、ただの子供でいられた時期は本当に貴重だったんだなぁって」
「そうね、大人は自由だけど責任も取らなきゃいけない」
私はボウルを洗いながら、返事をした。
「うん。そういう頃を思い出す味だ」
ティガーは早くに亡くなった船乗りの父親そっくりの顔をして、パンケーキを頬張った。
「あなたのお父さんも同じこと言ってた」
そう、ティガーの父親も大人になってもパンケーキをねだる困った子だったわ。




