表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長命エルフの小さなカフェ〜今日はなに飲む?〜  作者: 藤 野乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

パンケーキ


「いらっしゃい、久しぶりね」


 私は朝一番に入ってきたお客さんに声をかけた。


「うん、半年ぶりかな? まあ、また船旅が待ってるんだけどさ」


 青年は白い歯を見せて、ニカッと笑った。

 この青年は、世界中を旅して回る豪華客船の乗組員。

 そんな彼が砂漠の真ん中に居るのは、この街に実家があるからである。

 半年に一度の長期休暇があり、そのタイミングで戻ってきているのだ。


「パンケーキ。果物の」


「まったく……何度言えばわかるの。それはメニューにはないのよ。お客様が連れてきたお子様用の特別メニューだって言ってるでしょ」


「元・お子様なんだから権利はあるはずだ!」


「銀貨一枚よ」


「うん。後はリンデンティー」


 あれまあ、不眠なのかしら。

 いや、好きなだけかな……この人は幼い頃からリンデンティーばかりだもの。

 私はリンデンの生葉を軽く洗い、ちょっと揉んでからガラスポットに入れて熱湯を注いだ。

 リラックスを誘うほんのり甘い香りが周囲に漂う。

 イライラや不眠、高血圧なんかに効果があると言われているけれど──目の前に座っているティガーには無縁そうな代物である。


「はちみつもくれ」


 ガラスポットとはちみつの瓶をカウンターに置くと、ティガーが嬉しそうに笑った。


「母さんのイカの煮込みと、ここのお茶とパンケーキ。帰ってきたなぁって思う」


 フライパンに生地を流し、焼ける間に上に乗せる果物を薄く切っていく。

 いちご、ブルーベリー、ラズベリー、オレンジ……

 そしてミントの葉っぱ。

 特別な食材は使わないけれど、子供には人気のある軽食だ。

 子供向けサイズなので、もう大人のティガーには絶対足りない量なのだけれど。


「今回はいつ出港なの」


「来月、ヘイデン始発の船に。乗ってきた船は終着がネイシア大陸だったから途中下船したんだ」


 豪華客船は半年以上かけて各大陸を周遊している。

 乗組員は故郷に近い港で降りて、長期休暇を取るというわけだ。


「今回はさ、予定より二週間遅れたんだよ。妹の結婚式に間に合わなかった」


「二週間も」


「ヴィランテの北海域にクラーケンが南下して来てるって話で、迂回したんだよね」


「ふうん? 相当北から移動してきてるのかしら。クラーケンって寒い海域にしかいないと思ってたわ」


 カシャカシャと、泡立て器がボウルに触れる音が響く。

 ティガーは満足気な吐息を漏らした。


「俺も。まあ、ヴィランテ海域には流氷もあるから、生息地域ではあるんだろうなぁ」


「……航路にクラーケン出ると大騒ぎだものね」


「はは、取りつかれたら普通に沈んじゃうからな」


 フライパンの中でひっくり返したパンケーキは、滑らかで気泡もなく。

 金色と言っても過言ではないくらいの焼き色。

 手のひらサイズのものを三枚重ね、バターを一欠片。

 スライスしたたっぷりの果物で飾って、クリームを絞る。


 幼い子供というものは、大人の話に興味を示さない。

 人間でも、エルフでも、獣人でも。

 黙って座らせておくために、サービスとしてパンケーキを出し始めたのは……かなり昔からだ。

 どの子も、私が果物を切ったりクリームを泡立てる様子をキラキラした瞳でじっと見てくる。

 三世代でパンケーキを食べている常連さんもいるくらい。


 普通は十五歳になったらおしまい。

 ただ、ティガーのように何人かは大人になっても食べたがる。

 他のお客さんがいる時は大人には絶対作らないけれど、彼らは空いている時間帯を狙ってくる。


「そんなに食べたいものかしら。パンケーキ専門店の方が美味しいでしょうに」


 私はそう呟いて、パンケーキの皿をティガーの前に置いた。


「んー、このパンケーキは美味しいし、食べると何だか子供になったような気がするんだよな」


「思い出の味ってことかしら」


「そうそう。子供の頃は早く大人になりたくて、子供でいることが苦痛だったんだけどさ」


 ティガーは片肘をカウンターに乗せ、カラフルなパンケーキにナイフを沈めた。


「でもさ。大人になってみたら、ただの子供でいられた時期は本当に貴重だったんだなぁって」


「そうね、大人は自由だけど責任も取らなきゃいけない」


 私はボウルを洗いながら、返事をした。


「うん。そういう頃を思い出す味だ」


 ティガーは早くに亡くなった船乗りの父親そっくりの顔をして、パンケーキを頬張った。


「あなたのお父さんも同じこと言ってた」


 そう、ティガーの父親も大人になってもパンケーキをねだる困った子だったわ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ