第1話 赤森勝示
カードゲームの人気が爆発的に高まった昨今、特に人々の関心を集めて久しい国民的カードゲーム『RAISE×BLAZE』、通称『レイブレ』。
プロ制度も存在するこのレイブレ人気にあやかり、全国初となるレイブレのプロプレイヤー育成を目的とする学科までもが設立されてしまった。
それこそが、都立是武楽高等学校、各学年の5組と6組に設けられたカードゲーム科である。
現状では全国唯一のこの学科においては、通常の学業に加え、レイブレを中心としたカードゲームについて学ぶための授業が存在する。
カードデッキの持ち込みは当然自由、休み時間や放課後を利用してそれらで遊ぶことも許されている等、まさにカードゲーマーにとっては理想的な環境と呼べる学校なのである。
「だからと言って数学の授業中にカード広げてて良いわけないだろうが赤森ィ!」
1年6組、最前列のど真ん中。
蔵内先生に怒鳴られ、赤森勝示はその時初めて今が授業中であることに気が付いた。
デッキ調整に夢中で、休み時間終了のチャイムなどまるで聞いていなかったが、今は周囲からのクスクスという笑い声まで聞こえてくる。
「え……あ、オス、すいません。今片付けますんで」
あまり悪びれていない様子で、勝示は頭を下げながら耳の裏を掻く。
中間テストも間近に迫る5月の中頃ということもあり、この態度は教師をより一層苛立たせた。
問題児がそそくさと机いっぱいに広げたカードを仕舞おうとするのを、蔵内先生は制した。
「仕舞わんでいい。没収だ」
「えっ」
「お前、この前の理科でも同じことしたそうじゃないか。お前みたいなのがいるとカード科のみんなに迷惑かかるとは思わないか?カードゲームに夢中で勉強が疎かになってるだとか言われたりなんかしてな。一週間預かっとくから、しっかり反省しろ」
手際良く蔵内先生はカードを纏めると、ポケットから輪ゴムを取り出して縛ろうとした。
たまらず勝示は泣きそうな声を上げる。
「ちょ、ストップ!それマジで俺の大事なデッキなんすよ!しかも保護フィルム入れてるからって、輪ゴムなんか駄目だって!」
「マジで大事なデッキなら校則違反してまで机に並べとくな。先生はケースなんか持ってないから縛るしかないんだ。輪ゴムが嫌ならお前のデッキケースも寄越せ、一緒に預かっといてやる」
「いや本当、もうしないって誓うんで……勘弁してください!」
「駄目だ。ケース寄越せ」
「嫌です!」
「じゃ、輪ゴムで」
「勘弁してくださいっ!」
「駄目だ」
そんな問答が少し続き、やがて他の生徒が痺れを切らした頃、
「だったらさあ、レイブレバトルで決めたらどうよ?」
と、黄地咲也が口を挟んだ。
「先生と勝示で一戦やって、勝示が勝てばとりあえず今回は注意だけ、負けたら輪ゴムでもなんでもしてデッキ没収、ってな条件で。それなら勝示も文句ねえだろ?」
「サク……!」
小学校からの親友を見る勝示の目には、助け舟を貰った感謝と、「おまえなんでさっきチャイム鳴っても教えてくれなかったんだよ」という恨みの色が混じっていた。
時たま呼ぶ愛称の方を使っているところからして、含まれている恨みの比率はごく小さなものだったが。
一方で蔵内先生の顔は渋い。
「そんなふざけた提案が呑めるわけないだろ。だいたい先生はカード科じゃない。プロのプレイヤー志望のお前らに勝てるもんかよ」
「あれぇ、でも俺聞きましたよ?蔵内先生は学生時代はバリバリの『レイザー』で、高校の頃は全国大会まで出場したことあるって」
蔵内先生は眉間に皺を寄さて目を逸らす。
「どこからそんな……」
「デッキケース持ってないってのも嘘。背広の内側にいつも肌身離さず持ってますよね?自前のデッキを入れて」
「………………」
親友の追撃を眺める勝示の目には、既に感謝の意は消え失せていた。
「こいつ、先生のレイブレバトルが見たくて俺で釣りやがったな」という恨み一色に変わっていたのだった。
勝示からの視線に気付いているのかいないのか、咲也はトドメの一撃を放った。
「まだ1年のぺーぺーに、しかも校則違反の問題児にも勝てないくらい、先生の頃の全国ってレベル低かったんですかね?」
「……嘗めるなよ、ぺーぺーが……!」
蔵内先生がそう言った瞬間、教室中が真夏さながらの強烈な熱気に包まれた。
既に勝示のカードは机に戻されており、代わりにその手には蔵内先生自身のデッキケースが握られている。
最も近くで熱気を浴びながら、問題児とその親友は感嘆の声を漏らした。
「すっげえ『ビート』……!」
カードゲームに触れたことがない者からすれば異常事態だが、レイブレ専門のカードゲーマー、『レイザー』しかいないこの教室において、これはごく常識的な現象である。
レイザーが己の信じるカードを手にしている時、カードと心臓が共鳴し、闘気となって様々な現象を引き起こすとされている。
これが『ビート』と呼ばれ、RAISE×BLAZEが国内最大級のカードゲームとして不動の地位を築いた要因であった。
「上等だ。全国まで行ったレイザーの実力、見せてやるよ」
教師の立場はどこへやら、現役レイザーさながらの燃える瞳を輝かせて蔵内先生はドスの効いた声を響かせた。
新たな好敵手に興奮を隠しきれない勝示が、戻ってきたカードを手に取りシャッフルを始めた途端、教室内を包んでいた熱気は消え失せ、適温に戻っていた。
勝示から発せられるビートが、蔵内先生のビートとぶつかり合い、相殺されているからである。
「楽しくやろうぜ、蔵内センセ」
「今日の数学は中止、ここからはレイブレの実践授業とする」
生徒たちが歓声を上げる中、2人のレイザーが机を挟んで向かい合う。
互いのデッキをシャッフルし終え、5枚ずつ手札を引いた頃には、皆が立ち上がって周囲を囲んでいた。
実のところ、カード科の1年生が校内において授業以外でレイブレバトルに興じることは非常に少ない。
手の内を簡単に見せてしまうと、いざという時に対策を取られ、それが成績に響いてしまうという懸念が、どうしても躊躇させてしまうのだろう。
無論、そんなことを微塵も気にしない生徒もいる。
今まさにクラス中の注目を一身に浴びているレイザーこそ、その一人。
「メインデッキは持ってるが生憎『コアデッキ』がない。入試と同じルールで構わんか?」
「もちろん、いいっすよ」
バトルフィールドと化した机の上に、それぞれレイザーの命となる『コアファイター』が呼び出される。
通常はメインデッキとは異なる、レイザーが事前に用意したコアデッキから選んで置くのだが、今回は初心者用コアファイター、パワー1000でカード効果を持たない『コアマン』が採用された。
更に、コアファイターを置くゾーンの下に、コアのライフ残量を示すカードがデッキの上から置かれるが、通常は5枚のところ、入試ルールの今回は3枚置かれた。
「俺が負けたら今回の件は水に流す。ただし、俺が勝てばお前と黄地のデッキは一週間没収だ」
「えっ、俺も?」
「もちろん、いいっすよ」
「オォイ!」
後ろから抗議の声を上げる親友には目もくれず、勝示はデッキに右手を伸ばす。
「誰にも渡さないから安心しろ」と自らのカードに言って聞かせているかのように指を這わせるのを見て、教師の皮を被ったレイザーは口元を歪ませ、バトル開始のゴングを鳴らした。
「レイブレバトル、燃え上がれ!」




