5-1 パリの空の下~その1
「香菜ちゃ~ん、差し入れ持って来たよ~」
へらへらと笑いながらデザイン部に現れたのは、毎度おなじみ会いに来ちゃうクライアントの佐山社長だ。
「いませんよ」
「シノアちゃん、機嫌悪いねぇ。香菜ちゃんはお出かけ?」
彼の接待は香奈ネエの担当だが今回は私が引き継いでいる、ジャンケンに負けたから。
「お休みです、パリに飛びました」
「えーっ! まさか、香菜ちゃんから会いに行くとは、くっそお」
「あれ、社長も賭けてたの? 負けた人はコーヒー代、出してくださいね」
そう言う私も香菜ネエがパリに行っちゃうほど、ケンちゃんに惚れてるなんて思ってなかったんだけど。
「絶対、花屋の方が帰ってくると思ったのに。仕事は大丈夫なのかい?」
「ご心配なく、お休みを取る前に爆速で仕事を仕上げて、あとは残った人で動けるように段取ってくれてます」
「雪恵ちゃんが産休なのにそれで回るの」
「緊急の場合はリモート繋ぎますけど、マリリンも戻ってきたし今のところ問題ないです」
「香菜ちゃんがそこまでする男かねえ、あの花屋が。どこがいいんだ?」
「見た目」「ビジュ」「顔面」
部屋にいたスタッフが差し入れのプリンに釣られて集まってきた。女子ばかりのデザイン部は佐山社長のお気に入りで、彼が来ると強制的にお茶休憩になってしまう。
「香菜ネエもそうだと思うよ」
「そうそう、いつもとろけそうな顔で見てるし」
「結局『顔』かよっ」
「それだけじゃないって。あの美形が身も心も預けてくるんだもん」
「ヨワヨワだけどね」
「いやもう、メンヘラっしょ」
「でも、そんな可愛いカレシがいなくなったら寂しいに決まってるよお」
「面倒な男なんて、いまどきの若いコは重くて苦手じゃないのか?」
「香菜ネエは軽い男はつまらないって」
「てことは沼ったのは香菜ネエの方?」
「お互い様じゃない?」
「はぁぁ、香菜ちゃんともあろうものが、たった3カ月で落ちるとは」
佐山社長は大人げなく、あからさまにイヤそうな顔をした。
「よおっし、今年中に別れる方に賭けるぞ」
「無理っぽ~い」
「でもお」
「なんだい? カグヤちゃん」
「香菜ネエが言ってたけど、もし浮気したら速攻で別れるって」
「花屋、浮気しろ! 俺が許す」
社長が失礼なくらい嬉しそうに言うと、きゃははと黄色い笑い声が上がった。
「無理無理、ケンちゃんにそんな度胸ないって」
「あ~あ、二人は今頃『パリの空の下』か…」
「なんすか? それ」
「なんだ若いコはシャンソンも知らんのか」
「ごめんて」「知らなぁい」
「香菜ちゃんならわかってくれるのにぃ、早く帰って来てよ、オジサンつまんない」
誰かが検索して見つけたらしい。スマホから古い歌が流れ出した。なんとなく聞いたことがある哀愁漂うメロディはなるほどパリの恋人たちに似合う。そしてみんな顔を見合わせ同じことを思った。
今度こそ二人に幸あれ、と。
Sous le ciel de ParisMarchent des amoureux, hum, hum...
Leur bonheur se construit
Sur un air fait pour eux
パリの空の下恋人たちが歩いている
彼らの幸せは恋人たちのために
作られた歌に育まれる




