4-4 スイトピー~別れの歌~その3
その日は穏やかに晴れていた。
「コンテスト、って言うほどのもんじゃないのよ。イベント広場で街の腕自慢が集まってお花のスタンドを作るんですって。彼はプロのフローリストなんでしょ、問題ないわ。でも言葉はどうかしら」
彼はフランス語はカタコトだし、あとは翻訳アプリが頼り。コンテストはサプライズ方式と言って、テーマや使う花をを事前に知らせないタイプなんだそうだけど。
「ねぇ、彼がさっきから全然動かないけど。もしかしてテーマが聞き取れなかったのかしら?」
競技がスタートしても全然動かない彼を見てママンが心配そうに言った。私はSNSで知ってたからまるで心配していない。
「大丈夫、あれが彼のスタイルのなの。始まってから10分くらいは考えるのよ」
不意に彼が動き出した。
他の人とはまったく違う速度で、見てるだけで楽しくなる魔法のような動き。
お客さんたちからも歓声や拍手が湧いている。本当は静かにしなきゃいけないけど、今日のコンテストはイベントに近いのでその辺は緩いらしい。
もちろんコンテストは彼の優勝だった。
日本から来たお花の王子様はすっかり人気者で、写真を撮ろうという女性たちにあっという間に囲まれた。
でも彼はあまり嬉しそうに見えなかった。出来栄えが気に入らなかったんだろうか。
「オタマッ!」
どこからか叫ぶ声が聞こえてその瞬間、彼の顔つきが変わった。
まるで見たことがない、そう、それこそ花が開くようというのはこれに違いない。
「Je suis desole, pardon」(ごめんなさい、通して)
彼は囲んでいる人たちをかき分けて走り出した。
その視線の先に一人の女性が立っている。
「あら、あれは香菜だわ」
「ママンが知ってる人?」
「覚えてないかしら、あなたが小さいときにホームステイしてた子よ。彼は香菜の紹介でうちに来ることになったの、なんだ、そういうことだったのね」
「そういうこと?」
「ふふ、帰りましょ」
「えー、優勝のお祝いをしてあげないの?」
「それは明日でいいの。今日は彼、帰らないと思うわ」
二人はまるでディズニー映画のように抱き合っていた。
ワルツを踊るみたいにくるくる回る二人を見ながら、私は自分が失恋したんだとわかった。
(やっぱり王子様にはお姫様がお似合いってことか…それにしても)
「ねぇ、ママン。『オタマ』って知ってる?」
ママンは肩をすくめるとスマホを取り出して検索しだした。
「日本の調理器具、スープをすくうレードルのことを日本語でそう言うんですって」
? よくわからないけど二人の間の暗号なのかも。きっと何かロマンティックな思い出があるのね。
私もいつかそんな二人だけの秘密を持つ人と出会えるかしら。
こうして私の初恋は終わった。
王子様の輝くような笑顔は彼女が帰ると引っ込んで、また悲し気にセーヌを見つめていた。
なんてわかりやすい。
その後も2,3カ月に一度くらいに彼女はふらりと現れた。
その日はいつも突然で彼を驚かせている。もちろん浮気なんてできやしない。
(これが大人の女のテクってやつなのね)
私は心の奥にそっとメモしておいた。
いつか王子様を射止める必殺技として。




