4-3 ゼラニウム~決意~その1
コンテストが終わった次の朝
私とケンジは駅前のホテルの一室にいた。
カーテンの隙間から漏れる光がケンジの前髪でゆらゆらと揺れている。
そうっとかき上げるとその手を彼が握ってきた。
目をつぶったまま微笑んでいる。
(いやん、可愛い!)
何度見ても飽きない。
いままで顔重視で男を選んだせいでヒドイ目にあって来たんだけど、メンクイ病はなかなか治らないわ。
「前髪がうるさそうだね。やっぱりヘアは元に戻そうか」
「僕はどっちでもいいですけど、もうお店にはオファーが来てるらしいですよ。たぶん僕のビジュ込みじゃないかな」
あれ、オタマのくせにナマイキ言ってるぞ。
「いっそ動画配信でもしてみる? あなたのパフォーマンスは動画向きだと思うわ。無茶なお題を出して即興でアレンジメントを作ってみるとか」
「それ、面白そう。トシくんがお店のSNS担当だから聞いてみます。コンテストで賞を獲るとフォロワーも増えるだろうし」
ケンジは眩しそうに目を細めて見上げてきた。
う~ん、その表情もまた良き。
「よかったじゃない、有名になりたいからコンテストに出てるんでしょ」
「そうですね、有名になりたいって言うか」
言葉にしようか少し迷ったようだったが彼はそのまま続けた。
「僕を捨ててった人たちにざまあって言いたいのかも」
「それはご両親とか?」
「可笑しいですよね、顔も覚えてないのにいまさら。でも僕のシナリオとしては、有名になった僕に会いに来て、なんならお金貸してくれとか言ってくるクズで、そんな人に『どちら様ですか?』って言ってやれたらサイコーだな」
「性格悪っ」
「香菜さんに言われたくなぁい」
顔も覚えてない…か。
でもお母さんに会ったらひと目で気付いてしまうわ。
昨日、柱の影で私たちを見ていた女性は驚くほどケンジに似ていた。年齢から言ってもたぶん間違いない。
黙って一礼して去ろうとしたその人に私はひどいことを言った。
「お願いですから、今日は顔を出さないで。彼はこの日のためにとても頑張ってきました。いまさら動揺させるようなことはしないでください」
「わかっています、帰りますから大丈夫ですよ。あのあなたは」
「桜井さんのマネージャーです」
「マネージャーさんがいるんですか、そんなに立派になったんですね」
あの子をよろしくお願いします、なんて言わなかった。言えるはずもないけど、もしそんなことを言われたら私は怒りを抑えられず、もっとひどい言葉を投げていたかもしれない。ろくに事情も知らないのに。
ケンジは私の背に手を回し、とても大事そうに抱きしめた。
くすぐったいけど嬉しい。こんな風に、まるで宝物のように扱ってくれる人はいなかったもの。
「本当はそんなのどうでもいい。信じられないほど幸せで何も怖くない」
近付くと怯えて逃げてしまう。
それなのに必死で追いすがってくる。
怖かったのはまた捨てられてしまうと思うからかしら。
人当たりよく優しく微笑んでいたのは心を守る固い殻。
私も男にはひどい目に会ってきたけど、そんなのとは比べ物にならない傷を負っている。
こんなに愛しい生き物をどうして捨てられたの?
「もう怖くないのね」
「好きな人がどこかへ行ってしまうと思うととても怖くて、それなら最初からいない方が楽だって思ってました。僕は花のことしか知らないし、女の子が喜ぶこともできないから捨てられるのも仕方ないって諦めてて。そんなの毎度のことでいつもなら平気なのに、香菜さんだけは」
私の胸に顔をうずめて「そばにいて」と呟いた。
(どうしてかしら)
二人ともあり得ないほどみっともない姿をさらしてしまったのに、少しも冷めない。
カエルどころかオタマジャクシになってもその手を離せないなんて。
ぐうっとお腹が鳴る音が伝わってきて二人で笑い出した。
「お腹空いたね」
そう言いながらも彼は、私の背に回した手を離そうとはしなかった。




