1-2 ラナンキュラス~華やかな魅力~ その3
レモングラスの香りに包まれ、私は普段はけしてしない自分語りを始めていた。
「私には美大に行けるほどの才能はなかったんです」
「そうですか?」
「少なくとも母はそう思ってたみたいです。そんな不確かなものに学費を出す気はないって」
「そんな」
「無理ないです。兄は高偏差値の学校にやすやすと合格したのに、私はてんでダメで。普通の学校出て普通の就職をして、普通に結婚するしかないって」
「普通ってなんでしょうね。逢沢さんは普通じゃないと思いますよ、あ、もちろんいい意味で」
何年ぶり? いや、初めてかもしれない。
『私』を評価しようとしてくれる人。
「ありがとうございます。でも私は社会不適合者なんで」
「あの、なんでそんなに自己肯定感低いんですか?」
「実際ダメ人間ですから。エクセルひとつマスターできない」
「そんなの僕だってさっぱりですよ。仕入れ表を書くのさえ四苦八苦です」
「ですよね! ああいうのって絶対、間違えさせようとしてますよねっ」
私たちは学生のように他愛なく笑いあった。
そうか、タカシもこんな感じなのかな、気兼ねなく笑い合える相手がほしいだけかもしれない。それなら許してあげられるのかな。もちろん、あの女とはきちんと清算はしてもらわなければならないけど。
それからは教室の終わりに残って片付けを手伝いながら、雑談をするのが習慣になった。
そんなある日、桜井氏は私に1枚のカードを差し出した。
「今度この大会に出るんです。オンライン配信があるんで見てもらえますか?」
「それなら生徒さんたちみんなで応援に行きますよ」
「あああ、いや、まだぜんぜん自信ないんで、応援されてビリだったら恥ずかしいから、他の方には結果が良かったらお知らせしようと思ってます」
「分かりました」
思わず笑みがこぼれた、『この感じ』よく分かる。スポットライトが当たりそうになると物怖じしてしまう、情けない蚤の心臓。
(こんなところに同志がいるなんて)
「どんな感じにするんですか?」
「ラナンキュラスを使いたいんです」
「ああ、あの可愛いお花ですか」
「僕の一存ですけど、生徒さんをそれぞれイメージした花をいつも講習の花材に使っているんですよ」
「そんな意味があったんですか」
「ラナンキュラスは逢沢さんのイメージなんです」
「え? 私はあんな感じですか」
「気を悪くされたらごめんなさい」
「嬉しいです、でも私には可愛すぎませんか?」
「ぴったりですよ」
確か花言葉は『華やかな魅力』だったっけ。
私がそんな風に見えてるとしたら、彼の頭の中はお花畑なのかもしれない。
この小さな花屋が居心地がいいのは事実だけれど、また絶対に知られたくない人が出来てしまった。恋人を疑って盗聴器を付けるような腹黒い女がラナンキュラスなんてとんでもない。
それでも綺麗な花に例えられるのは嬉しいものだ。私はニヤニヤしながら店を出たが、すぐに歩みが止まった。
店の前の道路、反対側に見たことのあるクルマが停まっている。
「久しぶり」
白いFiatから降りてきたのはタカシだった。




