3-5 ラナンキュラス~蛙~その1
不審者?
僕は香菜を背後に回そうと手に力を入れた。
しかし、香菜は動こうとしない。
怯えている? いや、彼女はその男をじっと見つめている。
(知り合いか)
男は随分とイケメンでイマ風ではあるが、およそ運動をしたことがないらしくぜいぜいと息を切らして青ざめた顔をしていた。もつれる足取りでよろよろと香菜に近づいていくが、彼女はやはり動かない。
「香菜さん」
(あれは、あの花屋か)
声を聞いて気が付いた。ずいぶんとまぁ垢ぬけちまって、それも香菜の仕業か?
「ごめんなさい、こんなところまで。でも、お願いです、行かないで」
香菜はまだ動かず、口元を手で隠して大きく目を見張って彼を見つめている。
「堀内さん、お願いですから、香菜さんを連れてかないで。せめて次のコンテストまで待って」
何のことだ? 僕が香菜を連れて行くって話になってるのか? どこへ?
僕は訳が分からず隣の香菜を見た。香菜は相変わらず口元を手で覆っていたが僕にはその横顔が見えた。
香菜は笑っていた、晴れやかに目を輝かせて。
(そうか! コイツ、なんて女だ)
それは勝利の笑顔。
そしていままで見た中でいちばん美しい。
僕は肩に置いた手を降ろし哀れな花屋に視線を戻した。
(若いってすごいな、到底マネできない)
外聞も何もなく女にすがりつくなんてどう考えてもできそうにない。若さだけではないかもしれないが、彼の必死さに香菜が心を打たれても無理ないことだ。
だが、本当にそうだろうか。
彼女の笑顔には驚きはあっても戸惑いや疑問がない。すでにこれを予見していたようにすら見える。
(怖い女だ)
男運が悪いと言っていたが、逆に彼女のせいで男がダメになるんじゃないか? 慎重で思慮深い香菜がそんなに連続してクズを引くとは思えない、僕が言うのもなんだけど。
「これはヒドい」
「許してあげて」
「違う、キミのことだ」
クリスマスに会ったとき彼はとても誠実だった、少なくとも花屋としては。先月も彼女のことを話題にしたが落ち着いたものだったはず。この短期間に見た目だけでなくこんなにも弱々しい存在に変わるとは。
「ワタシ?」
彼女の顔から笑顔が消えた。
「私のせいというの? 私はフラれたのよ」
「それで仕返ししたとか」
「違うわ、もう一度振り向いて欲しいとは思ったけど」
「きついなぁ、僕はあっさり捨てられたのに」
「被害者ぶらないで、あなたは加害者でしょ」
「なににせよ責任取ってあげなよ、すっかり君に依存しちゃってる。君といるとよほどいいことがあるようだね」
香菜が僕を振り向き睨んできた。
「下ネタはやめて」
なんだ、やっぱりそういう関係だったんだ。
「とんだバレンタインになって、なんかごめんなさいね」
「そもそもバレンタインに別れ話をするのもどうかと思うが」
香菜は笑顔を残して花屋に向かってゆっくりと歩きだした。
その後ろ姿が最後になると僕にもわかった。
(最初から最後まで彼女を見誤っていたか)
何故か笑いがこみあげてきて、それを堪えるのに随分と腹筋を使わされた。
そしてほっとした。
泣き言を言わされるよりずっとましだ。




