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3-2 クロユリ~恋の魔法~その4

会社勤めとは言っても香菜さんの部署は時間の融通がきくらしく、平日の昼間に呼び出されることがある。何か思いつくと試してみたくなるらしい。


その度に僕は「友達なんだから」と自分に言い訳しながらいそいそと出かけた。


「ねえ、ロダンの『考える人』は知ってる?」


「画集とかで見たことあります」


「背中を見たことは?」


「いや、たぶんないです。それが何か」


「あなたは花のことしか興味なくて、他のアート作品をちゃんと見てないでしょ。図書館とかネットとかで見た気になってるだけじゃない?」


「それって大事ですか?」


「あなたの作品について『技術的には問題ない、発想力やデザイン力を磨けば世界に通じる』って言われてたけど、あなたの部屋を見てなんとなくわかったの。同じことの繰り返しは技術を上げるのには効果的だけど、ブレイクスルーはできないわ」


「はあ、そうなんでしょうか」


「新しい何かが必要なのよ。手始めに上野に行きましょ、西洋美術館に『考える人』があるわ。庭に置いてあるから背中も無料(タダ)で見られるの」


コンビニでおにぎり買って、公園で食べながら西洋美術館の歴史を話してくれた。驚いたことに彼女は常設展示をほとんど覚えているのだ。花バカの僕は発想が偏るとなんとなくわかってはいたけど、彼女はそれを笑いながら教えてくれる。


「お金がなくたってできることはあるでしょ」


「あの、なんでこんなことしてくれるんですか?」


「頑張って欲しいからよ。だって悔しいじゃない、もうちょっとで優勝できるんでしょ」


「それはそうですが、香菜さんは」


「関係ない? あの日初めて準優勝だったってことは私のおかげじゃないかしら」


あのコンテストの時に香菜さんのことがずっと頭にあったのは確かだ、絶対に怒られるから言わないけど。


「私、けっこう負けず嫌いなのよ。それにどうせなら一等賞の先生に教わってるって自慢したいもの」


真冬なのに目の前にネモフィラの畑が広がった。花のように笑う、という言葉があるならきっと彼女のことだ。


(本当に僕があなたに相応しければよかったのに)


いまの僕には雑草ほどの価値もない。


香菜さんが僕の手を引いて走ってくれる。そしてどんどん加速していく。嬉しい、なのに怖い。

彼女の隣に立ちたいのに、一歩が踏み出せない。


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