3-2 クロユリ~恋の魔法~その2
社交辞令かと思っていたが香菜さんは何もなかったように教室に現れた。以前のようにぶきっちょながらとても素敵なアレンジを作る。少し違うのは仕事の愚痴を言わなくなったこと。エクセルが苦手で事務員失格と嘆いていたけどデザイン関係の仕事に移ったのだそうだ。
「よかったですね、香菜さんにはそちらの方が似合うし楽しそうです」
「ええ、少しは役に立ててる実感があるのは嬉しいわ、まだまだだけど」
あんなに恵まれてるのにまだステップアップしようとするんだ、僕は追いつけるのか。
彼女の知り合いという人がときどき花を買いに来ることもあった。たいていは若い女性でデザイン部の先輩?で、ちょっと変わった人が多い。
そしてやたらと日焼けしていて歯が真っ白なオジサン。何故か嬉しそうに笑いながら「奥さん怒らせちゃってさあ、香菜ちゃんがお花を贈るといいって言うから紹介してもらったんだ」と言っていた。
親戚のおじさんかと思ったら取引先の社長だそうだ。
「謝罪が花言葉の花ってある?」
あんたもかい、というか男の一人客はたいてい彼女か奥さんに謝るために花を買う。
奥さんのイメージを聞いて花束を作ってカスミソウを添えて渡したら、なんだか気にいられたようで何度か買いに来てくれるようになった。って謝ってばっかりだなこのオジサン。
でもさすがに社長さんだけあって話は面白い。
「キミの仕事はいいね、AIに取って代わられたりしない。AIがアイデアを出すことはあっても花を生けたりはできないもんね。僕なんか危ないんだよお、そのうちAI社長が出てきたりして」
それを香菜さんに言ったら「面白い人でしょ」とくすくす笑っていた。
「変なオジサンだけど、好奇心旺盛で新しいことをする人を応援してくれるの。知り合いになっておくといいことがあるかもしれないわよ」
僕のために紹介してくれたと思うのは都合のいい妄想だろうか。
「女に手が早いのが困りもので」
それは言われなくてもわかるけどね。香菜さんは大丈夫なの? と言いかけてやめた。それは僕が心配することじゃない。
「キミねえ、芸術はエロスなんだよ。キミの花は綺麗だけど色っぽさが足りないな」
「はあ、そうですか」
「香菜ちゃんみたいな清楚なお嬢さんじゃなくてさ、夜の女と付き合ってみたら? うんと色っぽいのと」
何を言い出すかと思えば、オジサンのウザ絡みかよ。
でも、良かった。この人は香菜さんのこと何も知らない。香菜さんが「清楚」だって?
僕の頬が赤くなったのを見て社長は夜の街へ繰り出そうとしたが、もちろん丁重にお断りした。少し機嫌を損ねたかもしれない。このめんどくさい社長さんが取引先とは…男の僕でもうんざりするんだから香菜さんたちは大変だろうな。
こうして今までとは違った人たちがやってくると、なんだか香菜さんが僕に自己紹介をしてくれてるみたいな気がする。
彼女の世界はフラワーボックスのようにカラフルで、でも華やかなだけでなく濃密で、僕が彼女の隣に立つのはとても気が引けて、とてもじゃないけどできやしない。




