3-1 ディオネア(ハエトリグサ)~Gショック~ その2
「あのときは普通じゃなかったし、あなたも後悔してるでしょ。だったらなかったことにした方がいいかと思われ」
桜井氏はほとんど私を見ないで言った。
「違うんです。私メモ書きを見落としてたんです…スマホにメッセージも入ってなかったし。私は1万円の女なんだと思ったらカッとしちゃって。でも後悔なんて」
「充電、切らしちゃってて…後で連絡をと思ったらもうブロックされてました。なるほど僕らはお互い誤解してたみたいですね」
声には笑いが含まれているけどとても冷たく聞こえる、それでも私は追いすがった。
「だからその、普通じゃなかったのは認めますけど、好きでもない人にあんなことしません」
自慢じゃないけど生まれてからこっち自分から告ったことなんてない。それがアラサーになって初めて言う羽目になるなんて、顔が熱い! 顔から火が出るってこういうことを言うのね。
「本当にそうですか? あなたみたいなお嬢さんが」
けれど彼はひどく冷静だった、まるで本気にしていない。
「お嬢さんじゃないし」
「あんな豪邸見ちゃうと」
「あれは兄が建てたんです、私は居候でただのOLです」
「十分お嬢さんですって、衝動的に駆け込んだホテルが3万円ですもん。正直あの1万円だって僕にとってはけっこうな出費だったんですけどね」
私は恥ずかしさで俯いた。無意識のうちに1万円の女を『1万円ぽっちの女』という意味で使っていたのだ。
「無神経だったのは謝ります。でも、あれは完全に私のワガママですから、いただくわけには」
「いらないって言ってるのに、困った人だなぁ」
溜息をひとつ吐き、彼は言い合いをやめて店のシェードを降ろし始めた。もう閉店の時間はとっくに過ぎている。
「言ってもわからないようですね。じゃ、僕の部屋に来ますか?」
彼は鼻先で笑って言った。
「現実を見てもらった方が早いでしょう」
(え? 急に自宅へお誘いって)
いや、そういう意味じゃなさそう。
きっと相当荒れた部屋で、私がすぐにも愛想を尽かすと思っているんじゃないかしら。生憎だが私はクズ男との修羅場なら慣れているのだ、少々のことでは驚かない自信はある。
変な自信だけど、今度こそ早とちりや誤解はしたくない。
それに…
もう後には引けないじゃない!




