3-1 ディオネア(ハエトリグサ)~Gショック~ その1
閉店間際の店に飛び込んできた客に、その店員は驚き文字通り目を丸くしていた。
「あ、あの、桜井先生は?」
「ああ、教室の生徒さんですか。今日は配達が終わったら直帰するって言ってました。何かご用ですか?」
「いえ、それじゃ出直します」
「待ってください。少し休んでいきませんか、息が苦しそうですよ」
確かに喉がヒリヒリするくらい息が苦しい。勧められた椅子に座らせてもらうと、店員さんは紅茶のカップを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「桜井先輩に女性のお客って珍しいっすね」
「そうですか? フラワーアレンジメントができる人はモテそうですけど」
「僕もそう思って花屋やってんですけどね、あの人はストイックだから女っ気なくて」
ツーブロックにしたイマドキ風のこの人は、どうやら先輩の援護射撃をしているつもりらしい。
「でも一人だけ、教室の生徒さんで素敵な女性がいるって褒めてましたよ。人にない感覚の持ち主ですごく刺激されるって。実際、作風が変わりましたもんね」
彼のニヤニヤ顔で私がその生徒だと思われてるのはわかったが、それをブチ壊したのも私だ。苦笑いして紅茶のカップで顔を隠した時、店のドアがガチャリと開いて冷気が吹き込んできた。
「トシくん、僕のスマホなかった? 忘れちゃったみたいで」
「先輩、やっぱり戻ってきましたね。お客さんがお待ちですよ」
トシくんは指先でつまんだスマホをひらひらさせていた。取りに戻ってくるかもと思って私を引き留めてくれたんだ。なんて気の利く後輩! もっとも桜井講師は微妙な顔をしていたが。
「じゃ、僕はお先に。店閉めておいてくださいね」
「一つ貸しですよ~」と言いながら、気まずそうな私たちを残してトシくんは出て行ってしまった。
「あの、何か」
「これはやはり受け取れません」
私はバッグから現金の入った封筒を取り出した。
「それは僕のけじめなんで」
「あの日、コンテストだったんですよね。ごめんなさい、自分のことでいっぱいいっぱいで何も考えてなかった」
「それは関係ないですよ」
「でも、準優勝って…優勝できたかもしれないのに」
「いやあ、僕はあの頃は3位止まりだったから、むしろ準優勝は上出来なんです」
「コンディションが良くなかったんじゃないですか」
「それくらいのことでミスるようならまだまだ修行が足りないだけで、あなたが気に病むことじゃありません」
優しいようで拒絶している。
そりゃそうか、私なんかに関わるとロクなことないって思われても仕方ないもの。
でも私だって後には引けない。
やっと繋がった細い糸を切りたくないのに、どうすれば伝わるだろうか。




