2-5 カスミソウ~謝罪~ その3
大仰な白い花束とこじんまりとしたピンクの花束を持って私は自分の部屋に帰った。両親も兄夫婦も出かけているようだ。彼は私に手渡すために待っていてくれたことになる、それはタカシのために? それとも…。
(こんな大きな花瓶なんかないわ。雪恵さんとこにあげちゃおうかしら)
洗面台に水を張って二つの花束を浸けると机の引き出しを開けた。あのときの封筒がまだそのまま引き出しの奥に突っ込んであるはずだ。
本当は破って捨てたかったが、現金が入っているのではそういうわけにもいかない。
(メモがどうのと言ってたわね)
くしゃくしゃの封筒の中を見ると1万円札と一緒にメモが入っていた。
香菜さんへ
今日はどうしても遅刻できないので先に失礼します。
持ち合わせがないのでホテル代とタクシー代の残りは後日お支払いします。
このことは忘れるようにしますから、よかったらまた教室に来てください。
どうか自暴自棄にならないで。
まったく迂闊なことに、カッとなってこのメモを見落としていたわけだ。自分のバカさ加減にため息が漏れる。
さらに封筒と一緒に引き出しの奥から小さなカードが出て来た。
(あれ? これって)
そのカードに見覚えがあった。確かフラワーコンテストの案内でQRコードはライブ配信のURLだったはず。見逃さないように録画予約した記憶がある。
その日付を見て私は凍り付いた。
『今日はどうしても遅刻できないので』
(やだ、これってあの日じゃない、まさか)
慌ててパソコンを立ち上げて録画したファイルを探し開くと、早送りで彼の姿を探した。
「準優勝は渋谷区浅野花卉店、桜井ケンジさん!」
(良かった、準優勝は2位ってことよね)
「技術的にはトップクラスと言っていいと思います。小さなミスはありますがコンディションを整えれば十分に優勝を狙える実力です。あとは発想力やデザイン力を磨けば世界にも通用する逸材となるでしょう」
(すごい、べた褒め。でもコンディションって…私のワガママで寝不足だったから? もしかして私のせいで優勝を逃したってこと?)
夜遅い花屋の片隅で、熱心にリースを編んでいた彼の姿が浮かんだ。美しいアレンジメントを楽しそうに生けていた彼も。そんな努力を全部台無しにしてしまったのなら。
(そんなこと、ひと言も言わなかった)
責める言葉は何もなくただ気遣ってくれた。それなのに私は被害者気取りでいじけて…。
(謝らなきゃ)
おカネなんか貰ってる場合じゃない、すぐにも謝らなくては。コートを羽織って封筒をバッグに突っ込み部屋を飛び出すと、ちょうど家の前で兄夫婦のクルマが戻ってくるのに出くわした。
「香菜、これから出かけるのか?」
「香菜さん、ケーキあるわよ」
「ごめんなさい、急ぐの」
「こんな時間からどこへ?」
「表参道です」
切羽詰まった私の様子を見て雪恵さんは何か察してくれたようだ。
「タクシーは捕まらないわよ、私が送るわ」
「お願いします!」
しかし、クリスマスイブで幹線道路は大渋滞。とくに表参道はピクリとも動かない。
「ここで降ります、ありがとうございました」
「がんばってね」
お礼を言って私は走り出した。運動不足なので息が切れるし脚も痛い、それでも欅並木のイルミネーションの中、走り続けた。周りのカップルが不思議そうな顔で振り返るのが見えたが気にならない。もう店が閉まる時間が迫っている、それだけが気がかりだった。
やがて暗い裏通りに小さく光る花屋の灯りが見えてほっとした。店の中に人影も見える。
(間に合ったかしら)
私は勢いよくドアを開けて花屋に飛び込んだ。
「あっ、いらっしゃいませ」
驚いたような若い男の声がした。
(誰?)
その人は私の知らない店員だった。




