2-2 アイリス~素敵なお知らせ~ その2
「えー、マリリン辞めちゃうの?」
「そうだよ、留学先が決まったんで」
というわけでここからはマリリンの送別会の打ち合わせになった。
(軽い、こんなんでいいの?)
私はというと少なからずショックだった。
短い間とは言え彼女が私に仕事を教えてくれたから、こうやって案件を任されるまでになったのに、こんなにあっさり辞めちゃうなんて。
「マリリンパイセン…」
「香菜ねえさん。良かったね、チャンスもらって」
デスクから滅多に離れないマリリン先輩をリフレッシュスペースで捕まえた。せっかく彼女の好みがデカフェだと覚えたばかりなのに。
「それより辞めるってほんとですか?」
「そっか、言ってなかったっけ。私、ここに入る時から留学先が決まるまでって契約なのよ」
「留学ってどこへ行くんですか?」
「イタリア北部」
「何をしに?」
「私はデジタルアートの仕事してたんだけど、気付いちゃったんだよね。これってAIに取って代わられるタイプの仕事だって。だから手で触れるものを造れるようになりたいの」
「そうだったんですか」
「香菜ねえさんも留学したことあるんでしょ、何をしてたの?」
「私のは語学留学で、何かしたいって言うより何をするにもまず言葉が通じなきゃって思って」
「やっぱ慎重派なんだ、私は出たとこ勝負なタチだから。まぁ翻訳アプリがあれば最低限なんとかなるっしょ」
「そうですね」
翻訳アプリ…そんなこと考えもしなかった。慎重って言うより臆病、準備なしで飛び込むことなんてできない。はぁ、カッコ悪。
「そんな辛気臭い顔しないでよ。大丈夫、私の代わりはすぐ補充されるから、雪恵チーフはそういうとこ抜け目ないんで」
「それは心配してませんけど、寂しいなって」
ふうん、と息を吐いてマリリンは私の顔を窺った。
「もしかして相談しなかったから?」
「とんでもない…いえ、相談ていうか急だったんで」
仕事上は組むことは多いけど、たった数か月隣に座ってただけの私に、相談や報告する義務なんて彼女にはない。
「それはほんと、ごめん。でも、私に限らずデザイン部は新陳代謝が激しいの。新しい環境、新しい人にすぐ順応できないとしんどいんよ」
「そういうの苦手かも、いや、そんなこと言ってられないですよね」
「香菜ねえさんはできてるじゃない。短期間でここまでできる人なかなかいないよ。デザイン系未経験とは思えないくらい」
(嬉しい、この人はお世辞を言わない人だから)
「それに、2年の予定だけどまたひょっこり帰ってくるかもしれないし、そんな大袈裟なもんじゃないわよお」
そう言って笑うマリリンを見ていると、いまさらながら私はかなりこの人に依存してたんだと思う。一緒に仕事してる気になってたけど、まだまだ対等になってない。
「今度の案件、がんばろ。香菜ねえさんの初陣だもんね」
私より若いのにちゃんと相手を思いやれるマリリン、自分の至らなさが身に染みる。しかも明確なビジョンを持ってるなんて、なんも考えずぼーっと流されてた過去の私にビンタしたいわ。
『アップデート』…デザインの世界は技術もアイデアもどんどん進んでいく。勉強することはてんこ盛り。でもそれに加えて、デザイン力とかそんなことの前に、私にはまだまだ足りないものがあるってことを思い知った。




