個々の役割
最初の攻撃は防がれた。しかし想定の範囲内だ。
「貴女が強いのは知っていますよ。なにせ至高の賢者が作り上げた人造人間ですものね。しかも半分とはいえ魔族が素体となっているのですから、肉体は頑強でしょうよ」
「左様ですか。わたくしは侮っていました。まさか最高位クラスの攻撃魔法が操れたとは驚きです。『さすが』と言うのは憚られますが、『なかなかやるじゃん』とは申し上げましょう」
「貴女こそ、よくも防いでくれましたね」
とはいえノーダメージとは言えないようで、腕は小刻みに震えている。
「もっとも、どれだけ持つでしょうか?」
再びの聖なる砲弾。
フェリはこぶしを引き絞り、思いきり殴りつけた。
爆音が轟くも、塵埃が晴れる間もなく続けざま光の砲弾が放たれる。さらに一発が放たれ、闘技場全体を揺さぶるほどの轟音が響き渡った。
それでもフェリは立っている。だらりと両腕を下げ、ふぅっと大きく息を吐いた。
「呆れるほどに頑丈ですね。けれど……もう腕は使えませんか?」
ふだんと変わらぬ慈愛に満ちた笑みはしかし、背筋が凍るような感覚を呼び起こす。
「腕がなくとも足があります。なんなら頭で防いで見せましょう」
「貴女なら避けるくらいはできたでしょうに。足手まといがいて可哀そう」
ルナはきゅっと唇を引き結ぶ。
その様を楽しげに見やり、イザベラは何事かつぶやいた。
彼女の周囲の地面にいくつもの魔法陣が現れる。魔法陣が浮き上がるにつれ地面が隆起し、やがて土の塊が人の形へ変わっていった。
頭は小さく腕が長い。足の短いアンバランスな体型だ。
「ゴーレム……。そんな、あんなにたくさんを……」
個々が二メートル級の土の巨人は二十を超える。
「そろそろ終わりにしましょうか。絶望の中で死になさい」
イザベラの声に呼応して、ゴーレムたちが一斉に駆け出した。鈍重そうに見えて馬よりも速い。
「このぉ、せい!」
守られてばかりはいられない、とルナが飛び出す。先頭を走るゴーレム一体に、強烈な蹴りを食らわせた。
「かったい!?」
だが巨躯に比して小さな頭部はわずかに欠けた程度だった。
「なかなかの完成度ですね。しかし土系統の魔法により生み出されたものです。相克する風系統魔法を絡めての攻撃が有効でしょう」
そう言ってフェリも近場のゴーレムを蹴りつけた。言葉とは裏腹に風魔法などまったく行使していないが、脇腹に入った回し蹴りでゴーレムの巨躯が二つに分かれる。
「や、やってみます!」
こぶしに風を絡めての正拳突き。ゴーレムの胴に大穴が開いた。
「できました――ってわひゃ!?」
ルナが危険を感じて飛び退いた。肩すれすれを光の弾丸が通り過ぎる。
聖なる砲弾に比べれば威力は格段に落ちるものの、もらう場所が悪ければ一撃で戦闘不能になってしまう。
二十を超えるゴーレムを生み出し、使役してなお、イザベラは攻撃魔法を繰り出したのだ。
「そうとうご自身の魔力に自信がおありのようで」
フェリは寄ってきた二体を撃破してつぶやいた。
魔法の多重起動は危険を伴う。
自身の魔力容量をオーバーすれば、行使した魔法から魔力が逆流して自分へ跳ね返ることもあるのだ。
「また無駄話をするつもり? そんな余裕があるのかしら」
イザベラが楽しげに告げる。
「ぇ……復活してる?」
フェリに両断されたゴーレムの体が、ずりずりと近寄っていく。やがてぴたりとくっついて立ち上がった。
ルナに大穴を開けられたゴーレムも、地面から土を吸収し、みるみる穴がふさがっていく。
「これってイザベラさんの魔力が尽きるまで続くんですか!?」
「あるいは彼女を直接叩くか、ですね。他に方法がなくはないですが……」
「いずれにせよ、貴方がたには無理な話ですよ」
イザベラは光弾を乱射する。ゴーレムに当たるのもお構いなしだ
フェリとルナはその間を掻いくぐってゴーレムに対処するも、イザベラには近づけない。
「あははははっ! 私の魔力が尽きるまで、貴方がたの体力が持つかしら? せいぜい無駄な時間稼ぎをしていなさいな」
哄笑とともに光弾を乱れ撃つ。
そんな彼女に、フェリは呆れたようにつぶやいた。
「時間稼ぎなど、とっくに済ませておりますよ」
ん? とイザベラが訝るのを見て、
「わたくしにはわたくしの役目があり、それ以外をしてはならないのです。ご主人様はわたくしにこう命じました」
ギュン、と。
フェリのスピードが数段上がった。ゴーレムたちの間をするすると抜け、あっと言う間にイザベラへ肉薄する。
「ッ!?」
手刀がイザベラの喉元へ突き刺さる――直前で止まった。
「『時間を稼げ』、と。ゆえにわたくしは、貴女を倒すわけにはいかないのです」
フェリは後方へ大きくジャンプする。ルナのすぐそばに着地すると、彼女を抱えてゴーレムたちから距離を取った。
ルナを降ろした直後、
――ああ、頃合いかな。それじゃあルナ、講義の時間だ。
この場にいないはずの、青年の声が響くや。
黒い弾丸が豪雨のように降り注いだ。二十を超えるゴーレムの群れが、粉々に砕け散る。
「ゴーレムはその再生速度を超える破壊を繰り返されると、術式に異常をきたして土に還る。実のところそう難しくはなくてね。ルナでも武器を持っていればできていたよ」
観客席に、ローブ姿で黒髪黒目の青年が立っていた。
「マティス……なぜ、貴方が……」
愕然とするイザベラに一瞥もくれず、黒髪の青年は軽く床を蹴る。ふわりと体が浮き上がり、虚空を流れてフェリとルナの傍らに降り立った。
「飛翔、魔法……? いえ、まさか、あり得ません! 術式の記録が失われた古代の秘術を、あのように易々となんて……」
イザベラのつぶやきにも、やはり青年は無視を決めこむ。
「フェリ、ご苦労さま。ルナもね。武器なしでいい動きをしていたよ。ただ未知の相手に戸惑いが先行するのは、まだまだ課題だね」
「それは……はい。どうにか克服したいと――って。え? 見てたんですか? ゴーレムが出てきたころには、もういらしていた、と?」
「うん。早くに手を貸してもよかったのだけど、せっかくの実戦の機会だ。大いに役立ててほしくてね」
「それはありがとうございます。はい、感謝していますけどそれはそれとして、いつからですか!? まさかわたしたちのよからぬ話を聞いていらっしゃってはいませんよね!?」
「? 僕が来たのはゴーレムが姿を現す直前だね。その前は知らないかな」
フェリから状況報告を念話で受けていたが、細かい会話の内容をジークは知らない。
「そ、そうですかぁ~……」
ルナは盛大に安堵の息を吐く。
「僕が来る前に何かあったの?」
ジークが顔を向けた先、フェリがしれっと答える。
「時間稼ぎがてら、女子トークを少々。乙女のみに許された内緒話ですので、いかにご主人様でもお教えすることはできません。むろん、命じられれば包み隠さずお話しますが」
「やめてください!」
なんだかよくわからないが、聞かれたくない話を無理に訊こうとは思わなかった。
「ともかくお疲れさま。二人は帰ってゆっくりするといい。ここから先は、僕の役目だ」
「なっ!?」
驚きの声はイザベラ。
フェリのルナの足元に魔法陣が現れ、そこへと沈んでいく様を見てのものだ。
「先生……」
不安そうなルナを微笑みで見送ると、ジークはようやくイザベラへ顔を向けた。
完全なる無表情で、淡々と告げる。
――さあイザベラ、贖罪の時だ。