隠された実力
夕暮れ時、イザベラ・シャリエルは英雄学院の敷地内を歩いていた。
このところ、どうにもうまく進まない。
自覚はある。やはりマティスが絡むと、自身を抑えきれないとの自覚が。
(ですが、悪い方向へは向かっていません)
思い描いた道筋ではないものの、結果は邪魔者が次々にいなくなり、マティスと共に打倒聖王へと走っているのだ。
正面には、学内の闘技場がある。今は改修工事中で、今日は早めに切り上げたのか工夫の姿も見当たらない。
(そう。順調なのです。だから残る邪魔者は――)
――私がこの手で、消し去ってあげましょう。
楕円形の広い闘技場は、観客席が階段状に高くなっている。
イザベラは観客席ではなく、闘技者が使う通路を通って『底』部分の闘技広場へと現れた。
先客がいた。広場の只中で、茜に染まった空を眺める赤髪の少女だ。
「あれ? イザベラさん?」
彼女に気づいた少女――ルナは怪訝を眉間に集めた。
「あなたが、あの手紙を……?」
ルナがこの場にいるのは、差出人不明の不審な手紙を受け取ったからだ。
自身に関する重大な秘密を握っていると、そこには書かれていた。
「ええ、私ですよ、ルナさん。いえ――」
イザベラは薄く笑みを浮かべて言う。
「エルミナ・ストラバル王女殿下とお呼びすべきでしょうか?」
「――ッ!?」
ルナは驚愕に目を見開き、すぐさま顔を背けた。
状況証拠からの推測ではあったが、彼女の反応から図星だと感じる。
「心配しないで。私は誰にも話しません。ええ、絶対に話しませんとも」
当然だ。話したところで意味はない。なぜなら――。
安堵と不安が入り混じった愛らしい顔が、イザベラに向いた。
微笑みで迎えたのが嬉しかったのか、彼女もまた頬が綻ぶ。
しかしイザベラは笑みを残したまま、冷徹なる言葉を突き刺した。
「貴女は、ここで死んでくださいね」
ルナはきょとんとした。
慈愛の象徴とも言えるイザベラが自身に『死ね』と告げたことも、その理由にも思い至らない。
そもそも彼女は戦闘が得意な人物ではないのだ。
名門の生まれで魔力はかなり高いが、治癒など支援面に特化しており、剣や弓を握って立ち回るなど聞いたことがなかった。
いくら武器を持たない自分ではあっても、イザベラと戦って負ける気はしない。
もろもろの疑問を頭の中で整理して、口に出そうとしたときだ。
「させません! とわたくしは満を持して登場します」
観客席から飛び出すひとつの影。ふさふさの尻尾をなびかせ、ルナを守るように着地して、スカートを持ち上げ優雅に一礼する。
「どうして、貴女がここにいるのです……?」
銀髪赤目のケモ耳メイド――フェリだった。
「侵入者を感知する結界には、何も反応がありませんでした」
「さて、種明かしをする義理はございませんね」
「……そもそも貴女は、マティスと共にグモンス領へ向かったはずです」
「ご主人様の命により、ルナ様をお守りするため舞い戻っておりました」
「マティス……ふふ、あはははははっ! そう、そうなの。あの子は、私を疑っていたのね」
「おや? ようやくお気づきになりましたか。その不遜なる自信、見習いたくはありませんが感心はいたします」
イザベラは表情を消し、片眉を吊り上げた。
「人形風情が……」
「おやおや? わたくしが何者であるかはご存じだったようですね。といっても、つい最近のことでしょう。以前〝マティス様〟の研究をこっそり覗かれていたにしては、遅きに失すると言わざるを得ませんね」
「よくしゃべる人形ですね」
二人が視線で火花を散らしていると、
「あの! お話中のところすみません!」
ずびしっとルナが手を挙げた。
「不躾かつ不勉強で申し訳ないのですけど、何がなんだかさっぱりわからないので噛み砕いて説明していただけないでしょうか?」
しん……と、呆れた風が吹き抜ける。
「わたくしが何者であるかは非常にセンシティブな案件ですので、今後のルナ様との関係を考えますと説明に窮してしまいますね」
「そ、そうですか。ではえっと、なぜイザベラさんがわたしを殺そうとしているのかをお聞きしたいのですけど……。やっぱり、わたしの出自が問題なのでしょうか?」
「いえいえ、そんな高尚なものではありませんよ。ご主人様の秘蔵っ子たる貴女に対し、年甲斐もなく嫉妬にかられて暴走した哀れな女の話をお聞きになりますか?」
「嫉妬……って、ええ!? わたしとマティス先生はそんな! 違い、ますよ?」
慌てていながら頬が緩むのを抑えられない。
「ご安心ください。ご主人様にその気はございません」
「ですよね! でもはっきり言われると複雑な気分です」
「これは失礼。『まだ』と付け加えるべきでした」
「可能性は残されていると!?」
「ええ、貴女次第ではございますが。なんならわたくし、及ばずながら協力させていただきますよ?」
「驚きました。フェリさんはむしろ何歩も先行くライバルかと……」
「ふふふ、その認識もあながち間違ってはおりません、と伝えておきましょうか」
「どっちなんですか!?」
叫んだルナは、次の瞬間ぎょっとする。
「いつまで、無駄話をするつもりですか?」
イザベラが重く吐き出しつつ、睨み据えていた。
「乙女が恋を語るのが、無駄であるものですか。三十路間近で婚期を逃しまくった要因はそこにあるのでは?」
「安い挑発ですね。まあ、いいでしょう。貴女も排除対象ではありましたから、ついでにここで消してあげます」
「なかなか大きく出ましたね。武装していないルナ様を亡き者にせんと罠を張ってはいるようですが、わたくしが参りました以上、その目論見は崩れておりますよ」
ルナは周囲を見回した。
大勢の兵士が隠れている気配はない。武力に優れるとの話を聞かないイザベラ一人では、自分はともかくフェリと対等以上に戦えるとは思えなかった。しかし――。
「罠? ああ、たしかにいくつか仕込んではあります。しかしそれは、時間を短縮する意味合い以上のものではありませんよ」
彼女の表情は、ぞっとするほど冷たかった。
イザベラの頭上に、巨大な魔法陣が現れる。いつの間に術式を展開していたのか、光の渦が魔法陣の中心へと集まっていった。
「ごめんなさいね。隠していたのですけれど、私――」
光が巨大な砲弾となり、二人に襲いかかった。
「けっこう強いのよ?」
フェリはルナの前で両手を突き出す。
轟音が地面を震わせ、爆風が塵埃を撒き散らした。
直撃すれば巨大ドラゴンをも一撃で倒す聖なる砲弾はしかし――。
「言葉足らずで失礼いたしました」
塵埃が風に流されると、フェリは両手を突き出したまま立っていた。両腕の袖部分は吹き飛ばされているが、傷はついていない。
「実はわたくしも、そこそこ強いのですよ」
フェリはにっこりと笑みを咲かせた――。




