3 魔法が使えなくても困らない
ドタドタドタッ!
廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。誰かが全力で走っている。
しかも一人ではない。
次の瞬間――
バンッ!
勢いよく扉が開いた。
「ケビン!」
飛び込んできたのは金髪の青年だった。整った顔立ち、落ち着いた青い瞳。
記憶が教えてくれる。
長兄イーサン・ランザルド・フォーゲリア。十九歳。王都で宰相補佐として働いている秀才だ。
フォーゲリア家の希望。
将来有望な文官。
そして俺とは違い、非常に常識的な優秀な人である。
「兄様」
「本当に目を覚ましたんだな」
イーサン兄様は安堵したように息を吐いた。
「まったく。父様から連絡が来た時は驚いたよ」
「ご心配をおかけしました」
「本当だよ。剣術訓練で頭を打って三日も寝込むなんて聞いたことがない」
うっ。痛いところを突かれた。三日も寝込んでいたのか。そりゃあ心配だよね。
思い出した。俺は派手に転んだ。しかも訓練用の木剣を振った勢いで自爆した。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
たかがそれだけで三日も目を覚まさないなんて。まいったな。思い出してないふりでもするか。
「ケビン、今『思い出したくない』って顔をしたね?」
「あれ?」
「顔に書いてある」
怖い。やっぱり頭が良い。
その後ろからもう一人現れた。
「おー、本当に起きたのか」
気楽そうな声。
次兄ロナウド・ランザルド・フォーゲリア。十八歳。
魔導士でありながら商売にも手を出している自由人だ。
王都と領地を行ったり来たりしている。時々王都のお菓子をお土産に買ってきてくれる、優しい兄様。
兄様曰く、
『面白そうだからやる』
で大体のことを始めるらしい。
父様によく怒られている。
でもなぜか成功している。不思議な人だ。
「イーサン兄様、ロナウド兄様も帰ってきていたんですね」
「そりゃ帰るだろ。弟が死にかけたって聞いたんだから」
死にかけた。そんなに酷かったのか。
「ケビン、お前なぁ。兄様たちがいない間に何してたんだ?」
「剣術訓練です」
「基礎を学べ」
「はい」
「ちゃんと学べ」
「はい」
「本当に?」
「……はい」
兄様が呆れた顔をした。
なぜだ。心当たりはいっぱいあるけど。
その時だった。
ちょこん。
小さな頭が扉の隙間から覗いた。
「にいに」
はぅぅ、かわいい。天使だ!
末弟ジュリアスである。五歳。
王家の血を色濃く受け継いだ美少年。将来確実に女性を泣かせる顔をしている。
俺とは違う。完全に違う。
「ジュリアス」
「にいに、いたい?」
「もう大丈夫だよ」
そう言うとジュリアスは安心したように笑った。
かわいい。本当にかわいい。癒やされる。
前世で甥や姪を可愛がっていた頃を思い出す。
弟もいいな。
うん。
かなりいい。
「ケビン、念のため鑑定を受けましょう」
母様がそう言った。
父様も頷く。
「頭を打ったからな。異常がないか確認しておこう」
メイドが持ってきたのは大きな水晶だった。
「神殿から借りてきたのだ。この水晶は体の異常が見られるほかに、その人の魔法属性なども調べることが出来るのだ。今まで、ケビンは調べていなかったのだ」
父様は神妙な顔で俺を見つめていった。
何が起こるんだ?なぜ、今まで調べなかったのか?
でも、俺にとって、ファンタジーであることに変わりない。
これぞ異世界。本物だ。俺は少し感動した。
前世で読んだ小説そのままだ。
「手を置いてごらんなさい」
やはり父様は寂しそうに言う。
「はい!」
俺はドキドキしながら、水晶に手を置く。
すると淡い光が浮かび上がった。おおっ!
名前
ケビン・ランザルド・フォーゲリア
年齢 8歳
魔法属性 なし
状態 健康 打撲あり たんこぶあり
⸻
部屋が静かになった。
俺も静かになった。
え?
魔法属性なし?
「やっぱりか」
父様が呟いた。
「やっぱり?」
「前から分かっていた」
えええええっ!?
そうなの?
母様が苦笑する。
「あなたも私と同じなの」
「同じ?」
「魔力量はあるのに属性魔法が使えないのよ」
そこで母様は少しだけ昔話をしてくれた。
王女として生まれたこと。
兄弟たちは魔力が多く、魔法属性も複数あった。そして、周囲から期待されたこと。
なのに魔法が使えなかった。そして、陰口を言われたこと。
悔しかったこと。
それでも家族が支えてくれたこと。
「だから大丈夫よ」
母様は優しく笑った。
「魔法が使えなくても生きていけるわ」
その笑顔はとても綺麗だった。
そして俺はもう一度鑑定結果を見る。
今度は家族には見えていない文字があった。
⸻
【鑑定】
【空間収納】
【付与】
【錬金】
【クラフト】
【デザイン】
⸻
……。
あれ?
これ、かなり便利では?
鑑定がある。
収納がある。
物作り系スキルまである。
むしろ当たりでは?
「ケビン?」
「はい」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
俺は笑った。
「魔法が使えなくても困らないと思います」
部屋が静まり返る。
「普通は落ち込むところなんだけどな」
父様が苦笑した。
「本当にケビンらしいわね」
母様も笑う。
いやだって、火を出すより、収納の方が便利じゃない?
荷物持たなくていいし、絶対便利だよ。
うん。
俺、この世界でも意外と何とかなる気がしてきた。
スキル、バンザイ!




