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2 今世

 バタンッ!

 勢いよく扉が開かれた。


 その音に驚く間もなく、何人もの人影が部屋へとなだれ込んでくる。


「ケビン!」


 真っ先に駆け寄ってきたのは母様だった。柔らかな香りと共に抱き締められる。細い腕なのに驚くほど力強い。


 離したくないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられた。


「本当に……本当に良かったわ……!」


 顔を上げれば、母様の瞳は赤く潤んでいた。


 泣いていたのだろう。頬にも涙の跡が残っている。その姿を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。


 俺はまだこの人を母親だと実感できていない。


 この人は間違いなく俺を息子として心配してくれていた。その事実だけは理解できた。


「まったく……心配を掛けおって」


 低い声が頭上から降ってくる。見上げると父様が立っていた。


 金髪のイケメン。これが俺の父?


 父の疲れ切った表情はどこか安堵しているように見えた。大きな手が俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 少し乱暴だ。だけど、不思議と嫌ではない。


 知らないはずなのに知っている。


 フォーゲリア伯爵家当主。


 元王国騎士副団長。


 ルーク・ランザルド・フォーゲリア。


 そして母様。


 元第三王女メルシー・フォーゲリア。


 頭の中に流れ込んだ記憶が教えてくれる。


 この二人は仲が良い。いや、仲が良いという言葉では足りない。


 領民ですら知っているほどの夫婦なのだ。


 貧乏伯爵家の若き騎士と王女様。まるで物語のような恋をした二人。


 周囲の反対を押し切って結婚し、王家から


『今後何があっても王家を頼るな』


 と言われても、


『承知いたしました』


 と笑顔で答えたらしい。


 意味が分からない。普通なら怒るだろう。親なのに頼るなって!


 俺なら絶対怒るよ。


 なんで笑顔なんだ。母様強すぎる。


「ケビン?」


 心配そうな声に我に返る。


「あ、はい」


「まだ痛むの?」


「大丈夫です」


 本当は大丈夫ではない。


 前世の記憶と今世の記憶。二つの人生が頭の中でごちゃごちゃに混ざっている。


 整理が追いつかない。


 だけど、それ以上に気になることがあったのだ。


 母様のお腹だ。


 丸い。どう見ても丸い。


 前世の知識が叫んでいる。


 あれは間違いなく妊婦さんのお腹だ。


「母様」


「なあに?」


「赤ちゃんですか?」


 母様は目をぱちくりと瞬かせた。そして優しく微笑む。


「ええ。まだ生まれるのは先だけどね」


 やっぱり、赤ちゃんか。妹かな。妹だったらいいな。


 前世では兄しかいなかった。兄とは仲が良かったけれど、妹という存在には少し憧れがあった。


 小さくて可愛い妹。


 お菓子を作ってあげたり、ぬいぐるみを作ってあげたり、 髪飾りなんかも作れるかもしれない。


 うん。


 妹がいい。


 決定だ。


「ケビン?」


「妹がいいです」


 一瞬、部屋が静まり返った。


 次の瞬間。


 母様が吹き出した。父様も肩を震わせている。


「そうね。母様もそう思うわ」


 よし!これは実質決定事項だな。


 そんな気がした。


 だが、和やかな空気は長く続かなかった。


 父様が椅子に腰掛け、腕を組む。


「ところでケビン」


 嫌な予感がした。


「お前、覚えているか?」


いや、まったく覚えていないぞ。


「何をです?」


「剣術訓練中に派手に転んだことを」


 思い出した。できれば思い出したくなかった。


 俺は剣が苦手だ。前世でも争いごとは嫌いだった。


 今世でも同じらしい。


 一角ウサギすら倒せず、騎士たちに苦笑された記憶がある。


 だって怖いだろう。魔獣だって生き物だ。動くし血も出んだぞ。


 ゲームみたいに割り切れない。


「父様」


「なんだ?」


「剣術ってやらないとダメですか?」


 父様は少し考えた後、深々とため息を吐いた。


「最低限はな」


 ですよねー。知ってました。


 貴族だし、男だし。護身術くらいは必要だと思う。


 理解はしている。


 しているのだが。


 本音を言えば、畑を耕して、昼寝して、お菓子を作って、家族と笑って暮らしたい。


 できれば実家の脛を齧りながら。


 それが俺の理想の人生だ。


 すると父様がふっと笑った。


「まあ、お前にはお前の良さがある」


「え?」


「剣が全てではない」


 母様も頷く。


「そうよ。ケビンはケビンらしく生きればいいの」


 胸の奥が少し熱くなった。前世の家族も優しかった。


 今世の家族も優しいらしい。


 それなら――。


 この世界でも頑張ってみよう。


 ほどほどに。


 無理はせず、のんびりと。


 できれば脛を齧りながら。


 そんな決意を胸に、俺は新しい人生の第一歩を踏み出したのだった。

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