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御免こうむります。  作者: はいじ


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一足先に、猫の手も借りたい程の




【猫をかぶる】

本性を隠しておとなしくふるまう事。


カリカリカリカリ


【借りてきた猫】

普段とは違って大人しくする事。


カリカリカリカリ


【猫に小判】

高価なものを与えてもそれを本人が分かっていない様子。


カリカリカリカリ


「あとはー、【猫の手も借りたい】とか」


「っ!それは前に聞いたあるよ!どう言う意味?」


今日の俺は人間だ。

そして、先生といつもの公園の椅子の上で勉強中。

しかも今日はいつもより長い時間、先生から勉強を教えて貰っている。

なにやら先生が毎日行っていた“小学校”という所が、夏休みになった為行かなくてよくなったのだそうだ。

それもあって、今日の先生はいつも着ていた白と黒の服は着ていないし、真っ黒いランドセルも背負っていない。

しかし代わりに透明の四角い入れモノを持っていて、そこには布みたいなのが入っている。


「えっと、猫の手も借りたいっていうのは忙しくて仕方がない時に使う言葉で、誰でもいいから手伝って欲しいって事だよ。猫の手も借りたいくらい忙しいってこと」


「ふぅん、そういう意味だったのかー」


俺は以前うさみさんと初めて会った時にうさみさんが「猫の手も借りたい」と言っていた状況を思い出して、どこかスッキリとした気持ちになった。

確かあの時は味坂銭湯のお風呂掃除をしてくれるバイトのあんちゃんが来れなくなって、うさみさんがとても困っている時だった。

だから、うさみさんは「猫の手も借りたい」と言ったのだ。

あぁ、とてもスッキリした。

何であの時うさみさんは猫の手を借りたいなんて言ったのか、実は少し気になっていたのだ。


「猫の手が本当にいるわけじゃなかったんだ……」


「当たり前じゃん!たとえばの話だよ。たとえば!」


あぁ、誰でもいいから手伝って欲しいという意味だったのに、あの時の俺ときたら猫の手なら自分の手だ!と馬鹿な事を思ってうさみさんに手伝いを申し出てしまった。

今考えると、とても恥ずかしい。

俺はなんてばかな事を言ってしまったのだろう。


「ニートのにーちゃん!ちゃんとメモとった!?」


「っちょっと待って!今書くから!」


俺は恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じながら、先生にせかされて持っていたえんぴつを動かした。

この“えんぴつ”は凄いもので、紙が沢山くっついた“ノート”というものの上で動かすと色々なものが書ける凄い道具だ。

少し前ひらがなとカタカナを書けるようになった時に、先生が俺にくれたものだ。

ノートにえんぴつで書いておくと、一度聞いただけでは忘れてしまいそうな事も忘れずにいる事ができる。

これはとても凄い、良い事だ。

全部を一気におぼえる事ができなくても、これなら一つずつ覚えられるから。


それに、これがあれば、しろが俺に前くれたような“おてがみ”も書ける。

えんぴつとノートはとても凄い。


かりかりかりかり


俺は隣で「はやくー」と急かす先生に焦りながら、ノートに【ねこのてもかりたい】と書いた。意味は「だれでもいいからてつだってほしいこと」だ。


そうやって、俺がやっとの事でのメモを取り終わろうとした瞬間、俺と先生しか居なかった公園に別の人間の声が響き渡った。


「ゆうきくーん!こんな所で何してるのー?」


ゆうきくん。

それは先生の本当の名前だ。

高い子供のメスが先生の名前を呼んでいる。

そう、俺がその声の主の方へと顔を向けた時だ。

俺の隣で辞書を片手に足をブラブラさせていた先生が勢いよく立ちあがった。


「っ!アズサちゃん!」


そう言って立ちあがった先生の顔はいつもより赤かった。

ほっぺたは赤くなり、しかし目はとてもキラキラしていた。

それは、うさみさんを見た時のマスターそっくりだった。


「隣の人誰?ゆうき君のお兄ちゃん?」


アズサちゃんと言う人間の子供のメスはいつの間にか俺達の前まで歩いて来ていた。

アズサちゃんは目がクリクリ大きくて、毛は両側で二つに結んでいた。

手には先生が持っているような透明の入れモノを持っている。

俺はなんとなくだが、この子供は“かわいい”子なのだろうな、と理解した。


「違うよ!これはニートのにーちゃんで、俺はにーちゃんに勉強を教えてやってんの!」


「ゆうき君が?この人に?」


「うん!そうだよな!?にーちゃん!俺、にーちゃんに勉強教えてるもんな!?」


そう、どこか必死な様子で俺に話しかけてくる先生に、俺はどうしたのだろうと思いながらもコクリと頷いた。

そう、確かに俺は先生に勉強を教えて貰っている。

そのお陰で俺はひらがなもカタカナも書けるようになったのだ。


「えっと、ゆうき君は俺の先生だよ。アズサちゃん?」


頷きながら目の前にやって来たメスの子供に向かって二コリと笑った。初めて会う人間には笑っておくと、だいたいの事は何の問題もなく進む。

笑顔と言うのはとても大事だ。

その証拠に“あいさつ”をする人間はだいたい笑顔だ。


「な!本当だろ?!俺はニートのにーちゃんにいろんな事を教えてやってんだぜ!」


俺の隣で先生がなんだかいつもとは違って少し偉そうにしている。

先生はアズサちゃんの前ではいつもと全然違う。

顔も赤いし、偉そうだし、ちょっとうるさい。


そう、俺が隣の先生に戸惑っていると、アズサちゃんがいつの間にか俺の目の前で俺の事をジーッと見つめていた。

そんなアズサちゃんに俺も反射的にジーッと見返す。

クリクリの目がくりくりと俺を見つめてくる。

そのクリクリの目がおかしくて俺は思わず「ふふ」と笑ってしまった。

するとその瞬間、アズサちゃんの頬が先程の先生のようにジワジワと赤くなっていった。


「どうしたの?アズサちゃん?」


「っあ、あの!名前、なんて言うんですか!」


突然、アズサちゃんから問われた質問に俺は既に真っ赤になっているアズサちゃんを見ながら首を傾げてしまった。


「名前?俺の?」


「そうです!」


もう両側の毛がビュンと音がしそうなくらい勢いよく頷くアズサちゃんに、俺は何と答えたものかと思った。

自分で決めた訳ではないが俺は人間の時は“ニート”と呼ばれている。

しかしそれは、特に俺がそう決めて言い始めは訳ではなく、いつの間にかそのように広がってしまったものだ。

こうして改めて名前を聞かれて「ニートです」なんて答えた事はないので、なんだかどう答えてよいものかと思ってしまう。

そう、俺がモゴモゴとしていると、隣に居た先生が俺とアズサちゃんの間に割って入るように無理やり割り込んで来た。


「これはニートのにーちゃんだって言ってんじゃん!」


「ゆうき君には聞いてないじゃない!」


「えっと……」


何やら二人の様子が怪しくなってきた。

先程まで顔を赤くして笑っていた先生が、いつの間にか怒った顔になっている。

そんなゆうき君にアズサちゃんも不機嫌そうだ。


「先生?」


俺はいつの間にか怒ってしまっている先生に恐る恐る話しかけると、その瞬間怒っていた先生の顔が俺の方へと向いた。


「勉強終わり!俺、もうプールに行くから!」


「え?だって、まだ途中……」


突然告げられた授業終了の言葉に、俺は目を瞬かせた。

なんという事だろう、今日はまだまだ沢山“猫”のつく言葉について教えて貰う筈だったのに。

どうしてだろう。


「俺は忙しいの!アズサちゃんもプールだろ!行こう!」


「ちょっと!ゆうき君!なんで!?もう!なによ!」


どうしてだろう。

俺がどうする事も出来ずに何も言えずに居ると、先生はみるみるうちに公園から出て行ってしまった。

片手には透明の入れモノ、そして片手にはアズサちゃんの手を掴んで。

そんな先生にアズサちゃんは怒っていた。

物凄く、怒っていた。


「……なんで?」


俺には何が何だかわからなかった。

急に一人になってしまった公園で、俺はピカピカに光る太陽を見上げながら自然と頬に汗が流れるのを感じた。

一体何がどうしたというのだろう。


アズサちゃんが来た時、顔を赤くして嬉しそうにしていた先生。

俺を見て顔を赤くしたアズサちゃん。

怒りだした先生。


「意味がわからない」


あの怒っていた先生の顔は、以前もどこかで見たような気がする。

そう、そうだ。

俺の事をうさみさんのつがいだと勘違いしたマスターが、俺に向かって不機嫌になった。

その時の顔とよく似ている。


「……どうして?」


俺は先程までメモしていた【ねこのてもかりたい】という言葉を見つめながら、胸の中がモヤモヤとするのを感じた。

答えが分かれば、きっとスッキリする。

【ねこのてもかりたい】の時のように。

きっとスッキリできる筈なのに、今回は何が問題なのかもよくわからない。


あぁ、モヤモヤする。


俺は問題も答えも分からないどうしようもない状況を振り払うかのように、勢いよく椅子から立ちあがるとそのままフラリと公園を後にした。


あぁ、人間というものは本当にやっかいで、難しい。



------------

--------

-----



「あっ!ニートさん!」


フラフラと当てもなく歩いていると、俺は突然聞こえてきた馴染みのある声にピタリと立ち止まった。

声のする方を振り返ってみると、そこにはあんちゃんが居た。

味坂銭湯のバイトのあんちゃん。

俺の、仕事仲間。


「あんちゃん、こんにちは」


「っあ、こんにちは!」


こうして味坂銭湯以外であんちゃんと会うのは初めてだ。

俺は人間のお昼のあいさつをあんちゃんにすると、あんちゃんも慌てて俺に向かってお昼の挨拶をしてきた。


その顔は既にほんのり赤かった。

あんちゃんは何故か俺の前ではいつも赤い。

顔はいつもの赤いあんちゃんだが、今日はなんだか少し違って見える。


「あんちゃん、その格好どうしたの?」


俺はいつもと違う格好のあんちゃんに首を傾げた。

俺がいつも味坂銭湯で見るあんちゃんは、俺のはいてるみたいな短い履きものに、白いシャツを着ている姿だ。

お風呂掃除をする時は、こういう格好の方が仕事がしやすいので、俺もあんちゃんもいつも同じような格好だ。


けれど、今日のあんちゃんはひらひらした黒いスカートに、白い半そでの服を着ている。胸のところにはひらひらした黒いのがついている。

いつもよりなんだか人間のメスっぽい格好だ。


「えっと、私勉強できないから、夏休みも学校で補習授業を受けなきゃならなくて。頭、悪いんです」


「へぇ。あんちゃん、頭悪いんだ」


「!!!あ、えっと……そうです」


そう、どこかしょぼんとしてしまったあんちゃんに俺はとても焦った。

先程まで赤かったあんちゃんの顔が、赤じゃなくなったのだ。

いつものものが、いつものものではなくなる。

赤い顔が、青になる。


これは、俺が何かよくない事を言った証拠だ。


俺はどうにかして赤いいつものあんちゃんに戻さなければと思い、とっさにあんちゃんの頭に自分の手を乗せた。

そして、アカが悲しくて泣いた時のように「よしよし」をした。

そう、これをしたらアカは元気になったのだ。

子供をあやす時にする「よしよし」だが、あんちゃんもまだ子供のメスだし大丈夫だろう。


「あんちゃんは頭悪くないよ。よしよし」


「っっっっ!」


その瞬間、先程まで引きつった顔をしていたあんちゃんが一気にいつもの赤いあんちゃんに戻っていた。

それどころか、赤いあんちゃんがいつも以上に赤くて、真っ赤っかになった。

一体どうしたのというのだろう。

あんちゃんは死ぬのだろうか。


「あ、あの、あの、ニートさん!」


「え?え?どうしたの?あんちゃん、顔が真っ赤になったよ!?いつもより赤いよ!どうしたの?あんちゃん死ぬの?」


「死にそうです!」


「ええっ!?大丈夫!?」


「大丈夫じゃないです!」


あんちゃんは真っ赤な顔のままそう叫ぶと、俺の手をふりほどいて勢いよく走り去ってしまった。

あんちゃんは人間なのに、二本脚なのに走るのは凄く早い。

前にあんちゃんは「私、陸上部なので走りには自信があるんです」と言っていた事があったが、本当に二本脚とは思えない程の速さだった。


俺はもう見えなくなってしまったあんちゃんに向かって「なんで?」と呟くと、またしても一人ぼっちになってしまった状況に、胸の中がモヤモヤとするのを感じた。

どうして人間は顔を赤くすると、訳の分からない事を言ったりしたりするのだろう。


もう、訳がわからない。

訳がわからない!


そう、俺が先程あんちゃんに振りほどかれた手を見ていると、いつの間にか隣から聞きなれた声が聞こえてきた。

まぁ、それは声というよりも“笑い声”だったが。


「……やすたけ」


高宮安武。

そう、アカだ。


「っくは!ははは!おまっ!マジでウケる!」


俺はいつの間にか俺の隣にやって来てばしばしと俺の肩を叩いてくるアカに、俺は腹の中がムカムカとするのを感じた。

今日は訳が分からない事ばかりが起きた。

答えも分からない。それどころか、何が分からないのかもわからない。

もうモヤモヤだ。


人間というのは面白い生き物だが、本当に面倒くさい。

何が何だかわからない。

だから、イライラする。


「やすたけ、痛い。痛いったら!」


「ひー、マジで面白かった!良い暇つぶしになったぜ。バカニート!」


痛いという俺に、アカは叩くのを止めて無理やり俺と肩を組んで来た。

暑いのに、アカはよくこうしてくっついてくる。

猫の時もそうだが、アカはいちいち距離が近いので引っ掻いてやりたくなる。


まぁ、人間の姿ではそれもできないが。


「バカニートはマジで期待を裏切らない最強のバカ野郎だな!?おい!」


それに、アカは人間の時の俺を“バカニート”と呼ぶ。

いつの間にか、そうバカ付きで呼ばれるようになったのだが、最初は訳もわからず「なんだろうなぁ」と流していた。

しかし、少し前に気になって先生に意味を尋ねてからは、何だかとても腹が立って仕方が無くなった。

“バカ”というのは「つまらない事、理解力のないこと」など全く持って良い意味ではなかったのだ。


「バカって言うな!ばかやすたけ!」


「いや、お前マジでバカじゃん!マジうける!あの女も可哀想過ぎだわ!こんな奴好きになっちまって!あぁぁ、カワイソ!」


「……好き?」


俺はアカの放った言葉にぴくりと反応すると、その瞬間胸の中のモヤモヤが更に深く濃くなるのを感じた。


「好きって何だよ!意味わからん!もう意味わからん!」


「はぁ?お前なにキレてんだよ?」


「もう!やすたけ!意味がわかんないよ!あんちゃんが俺を好きってなんだ!意味わからん!」


「お前ほんっとバカだな!?どう見てもあの女お前の事好き過ぎるだろ!あの分かりやすさ!顔真っ赤にしてさぁ。さすがこないだまで中学生って感じ!初心過ぎるだろ!青春かよ!?どこの少女漫画だオイ!?ぶはっ!『死にそうです!』ってなぁ!?」


爆笑するアカの口から飛び出す訳の分からない言葉たち。

とりあえず、俺の分かる言葉だけひろってみる。

俺はバカじゃない。かしこくなってきた筈だ。

ひらがなだって、カタカナだって書ける。


だから、分かる筈だ。

わかるんだ。


あんちゃんが俺の事を好き。

あんちゃんが俺の事を好きなのはとても分かりやすい事。

分かりやすいのは、あんちゃんが俺を見る時顔を赤くするから。

それが、好き。


好きって、なんだ。

顔が赤くなることか。


モヤモヤする、モヤモヤする。

意味が分からない。


さっき、アズサちゃんを見て赤くなった先生。

けど、アズサちゃんは俺を見て赤くなった。

それを見て怒った先生。


好き。好きってなんだ。

俺がフレンチトーストやマスターのごはんを好きなのとは違うのか。

俺はごはんを見ても顔は赤くならない。


けれど、恥ずかしい時には赤くなる。

間違ったり、すると恥ずかしい。

それとは違うのか。


好き、好きってなんだ。

ごはんの好きとは違うのか。

赤くなるのは何故だ。

間違って恥ずかしくなるのとは違うのか。


マスターもうさみさんを見て赤くなったりする。

好きってなんだ。


好きだと赤くなったり、怒ったりするのか。

もう、意味がわからない。


モヤモヤ、モヤモヤ。

俺は頬に流れる汗を感じながら、モヤモヤした。

少し、頭がふらつく。

くらくら、する。


「ん?どうした?バカニート」


「……わからない、分からないよ」


「っ!?おい!お前鼻!鼻血!おいっ!」


あれ、鼻からも汗が出ているのか。

そうか、鼻からも汗が。

知らなかった。


俺は耳元で叫ぶアカの声をどこか遠くに感じながら、もんもんとする意識が少しずつ暗くなっていくのを感じた。

好き、好きってなんだ。

好きは一つじゃないのか。


好き。


俺は遠のく意識の最後に、好きを思った、考えた。

その瞬間浮かんできた、毛の白い人間の男の姿に、俺は手を伸ばす。

けれど、毛の白い人間は俺の方は見ていなかった。

どこか遠くを眩しそうな顔で見ていて。


そして実際に俺が最後に手を伸ばして掴んでいたのは。


「……あか、い」


赤い、赤い、燃えるような真っ赤な毛だった。



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