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御免こうむります。  作者: はいじ


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一足先に、へん?それともふつう?

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「ああ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛」


お風呂から上がった俺は、いつものように裸のまませんぷうきの前で目を瞑って意味無く鳴いた。

これは俺の大事な風呂の後の決まりごとだ。


“せんぷうき”とはとても便利な道具で、「入」と書いてある丸を押すと、平べったい板が回って風を起こしてくれるものだ。

お風呂から上がった後は、体がとてもほかほかしているので、このせんぷうきに当たるととても気持ちが良い。

しかも、これはつい最近気付いた事なのだが、せんぷうきの前で声を出すと、いつもの声とは違った変な声になってなんだか面白い。

だから、俺はこうして体を冷ます間自分の声が変になるのを聞いて遊ぶのだ。


俺はもう大人だけれども、この遊びはどうにも止められない。

これは大人の遊びなのだ。


「おい、お前。いい加減服を着ろ」


「ま゛ぁだぁぁぁ。あ゛つーい゛ぃ」


俺はしろの言葉にもせんぷうきの前の変な声で返事をした。

いつ聞いても変な声だ。声がとてもぶるぶるしている。

俺はしろが居る事でいつも以上に楽しい気持ちになってしまっている事に、自分では気付いていなかった。

ただ、風呂場でしろとおしゃべりをしながら騒いだり笑ったりしている間も、そして今も俺のお腹の毛はずっとふわふわなりっぱなしだった。


「ねぇ、しろも一緒にこれやろうよ」


「ガキみたいな事してんじゃねぇっつーの」


しろはそう言って腰にタオルを巻いたまま、髪をごしごししていた。

人間は毛を乾かす時、猫のように毛をぶるぶるさせて乾かしたりしない。あぁしてタオルで水を取って、そして熱い風の出るどらいやーという道具で乾かすのだ。

俺はどうもあのどらいやーというものが苦手だ。

風呂上がりでただでさえ体がほかほかしているのに、あれを使うと更に体が熱くなって気持ちが悪い。

しかも、これが俺がどらいやーを嫌いな一番の理由なのだが、あれはとてもうるさい。

前にアカに乗せられたばいく程ではないが、どらいやーも十分うるさいので困りものだ。


あんなものを使わなくとも毛は勝手に乾くものだというのに、人間のすることはたまに訳が分からない。


「しろー、一緒にせんぷうきの前にいたら毛も乾くよ。おいでよ!」


「お前、毛って……」


俺は変な顔をするしろの前にパタパタと走っていくと、しろはまたもや「はぁ、だからさ」と顔を手で覆って下を向いてしまった。

今日のしろはどこかおかしい。

何がおかしいのかハッキリはわからないが、ともかくなんかおかしい。

しろは死ぬのだろうか。


「しろ、大丈夫か。死ぬのか」


「死ぬかよ。つーか、だから……お前。とりあえず服着るか、前を隠すかしろよ。頼むから」


「なんで?」


「なんでじゃねぇよ。普通、隠すもんだろうが。変な奴だな、ほんと」


「……ふつう?変?」


俺はしろの言葉に少しだけお腹の毛がぶわっとするのを感じた。

俺は今までも何度もしろに『変なやつ』と言われてきた。

けれど、今まではその言葉を言う時にしろはたくさん笑っていたから、全然気にならなかった。

むしろ、ちょっと嬉しかった。


けれど、今回のは違う。

しろは本気で言ってる。

本気でしろは困っている。

そうだ、俺はいま人間のにーとなのだからちゃんと“ふつう”をしてなきゃいけなかった。

ふつうじゃない事をしていると、皆まわりから居なくなってしまう。


しろも、あかも、みんなも。

みんな、俺がきらいになる。


俺は変な猫になってから誰も俺に近づいてこなくなった、あの日の事を思い出した。

そうすると、それまで楽しかった気持ちが一気に小さくなって、音もなく消えていくのを感じた。


「……うん、わかった」


俺はしろの言うとおりタオルで体を服と、かごに入れていた自分の服を急いで着た。

本当はもっと裸のまませんぷうきでしろと遊びたかったけど、俺は人間の大人なのだから我慢しなければならない。


「なんで……お前。いきなりどうした」


俺が黙って服を着ていると、隣に居たしろが何故か変な顔でこちらを見ていた。

これは、しろが困っている時の顔。

俺は言われた通り服を着ているのに、どうしてしろは困っているのだろう。

わからない。

俺はまた“ふつう”ではない事をしてしまっているのだろうか。


「しろ、俺。変じゃない?ふつう?」


「いや、別に……」


「俺、ふつうがいいから。しろ、俺が変だったら言ってね」


そう、俺はしろをじっと見つめながら言った。

しろの目の中に俺が映っている。

すると、しろは少し驚いたように目を瞬かせると、ゴクリと喉が動いた。


俺はもともと猫だから、人間の“ふつう”がよく分からない。

分からない“ふつう”はちょっと怖い。

だって、知らないうちに変をやっていても俺は気付けないから。

そうすると、知らぬ間にみんな離れて行ってしまう。


だから、俺はふつうになりたいのだ。

そう、思ってしろを見ていたのに。


「……お前らしくない事言ってんなよ」


しろは頭の後をガシガシと掻きながら、その時には俺から目を逸らしていた。

俺らしくないとは一体どういう意味だろうか。

わからない。


「なんつーか……悪い」


そう言って突然しろが謝ってくるものだから、今度は俺が困ってしまう番だった。

どうしてしろが謝るのだろう。

俺はどうしたらいいのだろう。


「しろ、あの。あのね。えっと。俺“ふつう”ってよく分からないから、だから。ふつうを教えてくれて、ありがとう。しろは悪くないよ。しろは優しいよ」


「…………」


俺は必死になってしろは悪くない事を伝えてみた。

けれども、俺が喋るたびに、しろはなんだか苦しそうな顔になる。

お腹でも痛いのだろうか。


「しろ、ねぇ。しろ?おなか痛いのか?」


「あぁぁぁ!クソッ!」


俺がしろの顔を覗きこもうとすると、突然しろが吠えた。

そりゃあもう、俺がとっさに飛び上がってしまうくらいの大きな声だった。


「俺の言った事なんかいちいち気にすんな!お前らしくもねぇ!いいんだよ!お前はいきなり俺の前に現れて変な歌うたって、猫としゃべって、変態発言かましてりゃあそれで!変とか普通とか気にすんなよ!頼むから……」


「……しろ?」


しろはいつもでは考えられないような勢いでばばばーっと俺に喋りかけてくる。

今まで俺が猫の時も、人間の時も、しろは静かだった。

アカと喧嘩をする時は、そうでもないけれど。

しろはいつもどこか静かで、遠くを見ているような目をしている。


けれど、今のしろはばばばーっと喋るし、遠くじゃなくてジッと俺を見ている。

しろが何を言いたいのかは分からないけれど、俺は先程までしぼんで消えてしまっていた腹の毛のふわふわが、少しだけ復活してくるのを感じた。


「何言ってんだろうな……あぁ、もう訳わかんね。おい、お前。ともかくそういう事だから、変とか普通とか気にすんな」


「でも、俺」


「コーヒー牛乳おごってやるから……もう出るぞ」


しろはそう言うと腰に巻いていたタオルを勢いよく外して、俺から顔を逸らしながら着替え始めた。

なんだかよくわからないが、しろの言葉を聞く限り、俺はきっと“変”なのだろう。

けれど、しろは俺が変でもいいらしい。


そして、コーヒー牛乳をおごってくれるらしい。


俺は胸の毛のほわほわが一気にばーんと膨れあがるのを感じると、知らぬ間に顔はにこにこになっていたらしい。

しろが着替える横目に俺を見て、どこかほっとした顔をしていた。

あぁ、しろはやっぱり優しい。


「ふふふ、しろ。ありがとう」


俺がにこにこのまま、そう呟くと、しろはズボンを履くために下を向きながら小さな、小さな声で返事をしてくれた。


「どういたしまして」


そう言ったしろの耳は、少しだけ赤かった。








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「あんた達、よーく長く入ってくれたわねぇ」


脱衣所から出て俺はしろから買って貰ったコーヒー牛乳をごくごく飲みながら、うさみさんの呆れたような声を聞いた。

そう言えば、今回はいつもより長くお風呂に入っていたかもしれない。

しろと一緒だったから入り過ぎてしまったようだ。


「すみません、早く入れて貰ったのに」


「いやいや、いいのよう!キミは格好良いから特別!また来てねー!イケメンは大歓迎よ!」


静かに頭を下げるしろに、うさみさんはいつも俺に話しかける声とはまた違った高い声で「うふふ」と笑って言った。

たぶん、これも“ねこなでごえ”の一つだろう。

どうやら、ねこなでごえは猫を撫でていなくても、相手の事を好きなら出る声のようだ。

俺は最後の一滴までコーヒー牛乳を呑み干しながら、いつもと違ううさみさんの張りきった様子に、なんだか背中の毛が逆立つのを感じた。


ねこなで声のうさみさんは、なんだか少し気持ち悪い。

しろも困っているようだ。

かわいそうな、しろだ。


俺がそうやってしろに絡むうさみさんを、ちょっと離れて観察している時だ。

俺の隣から「あ、あの」という聞きなれた声が、俺の耳に入って来た。


「あんちゃん」


「に、ニートさん!今日、スイートポテト作ったんですけど……あの、よかったら、えっと」


バイトのあんちゃん。

名前はあんちゃん。

あんちゃんはいつものように耳を赤にしながら、俺に食べ物を差し出してきた。


甘い匂いがする。

これは、すいーとぽてとというものらしい。

匂いから察するに、きっと美味しいものだ。


「ふふ、ありがとう。あんちゃん」


俺はなにやら色のいろいろついたヒモで結ばれた入れモノを受け取ると、袋から香る甘い匂いを目いっぱい吸い込んだ。

人間の鼻は猫の時のようには効かないから、これくらいしないとたくさん匂いをかげない。


あぁ。とっても良い匂いだ。


「っど、どういたしまして!また次も持ってくるので、また!あの、食べて下さい!」


「いいよー」


俺は色のついた紐を解いて中身を夢中で見つめながら、あんちゃんの声を聞いた。

そして、頭の片隅で『これも、ねこなで声かなぁ』なんて思いながら、内心笑った。


それはそうだ、だって俺は猫なのだから。

あんちゃんは正解だ。


俺は赤いあんちゃんと、人間にねこなで声を出すうさみさんに、人間のメスって面白いなぁと毛をふわふわさせながら思った。


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