一足先に、意味のないもの※
※引き続き明るく下品
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ずっと俺は人間の考えたものの中で一番すごいのは“おいしいごはん”だと思っていた。
いや、いや。
今でもその考えは変わらない。
人間の作るごはんの数の多さと、そして信じられないくらいの“おいしい”は、やっぱり一番凄いと思う。
けれど、最近その“おいしいごはん”位すごいなと思うものがある。
それは。
「はぁぁぁ、ごくらく。ごくらく」
お風呂だ。
俺は今、味坂銭湯のお風呂に入って“ごくらくごくらく”をしている。
もちろん、今日も俺は人間としてちゃんと味坂銭湯のおそうじの仕事をした。
仕事を終えた後のお風呂は、いつも以上に“ごくらくごくらく”だ。
「ふぅぅぅ」
お湯に肩までつかりながら俺は自分の掃除したお風呂場を見渡した。
初めてお風呂掃除をしたあの時に比べると、俺はずいぶんと百点のまーるになってきたと思う。
いや、百点のまーるよりももっと上の、百点のはなまーるになってきたかもしれない。
はなまるというのはまーるよりもっと良くできているという事だ。
俺は綺麗になった風呂場を見て「ふふっ」と思わず笑ってしまった。
最初は時間がかかって上手くできない事も多かったけれど、何回も、何回もお掃除をやっていくうちに、俺は自然と先にコレをしたらいいとか、これとこれは同時にやった方が早く終わるとか、そういう風に自分でやり方を変えて早くできるようになっていった。
今では掃除の速さは“ばいとのあんちゃん”位に短くなったし、前は気付けなかった細かい所まで気付けるようになった。
まぁ、まだうさみさん位早く上手にはできないけれど、もっと色々考えてうさみさんより早く上手になりたいと思う。
そう言えば、そういう自分で考えてやり方を変えていくことを、人間は“工夫”という。
“工夫”は考えて行動をした結果生まれるモノで、この工夫をするという人間の行動が、俺人間のいろいろな凄い事を生みだしているのだと、最近分かってきた。
人間の作る“おいしいごはん”も、この“お風呂”だって、人間が自分達の為に“もっと良く”をするための工夫の結果に生まれたモノだ。
あぁ、やっぱり人間というのは凄い生き物だ。
あったかいお湯につかって、良い匂いの泡で体の汚れを落とすという猫では考えられない程の“きれい”をやってのける。
俺達猫は舐めるだけで体をきれいにしようとするけれど、確かにそれだけでは全部を綺麗にはできない。
猫の時代から綺麗好きだった俺にしてみれば、もうお風呂はある意味おいしいごはん以上に素晴らしい“工夫”だ。
俺はお風呂が大好きだ。
だからこうしてたまにうさみさんが「ニート君、今日はお風呂に入っていっていいわよ」と言ってくれると、人間の時にはないお腹の毛がぶわわわと逆立つような気持ちになる。
最近では、うさみさんも俺がお風呂に入るのを楽しみにしているのを知っているせいか、前よりも「入っていっていいわよ」と言ってくれる回数が増えた。
うさみさんは優しい。
それに、最近はお風呂掃除の仕事をしていると必ず“ばいとのあんちゃん”が美味しいものを持ってきてくれるようになった。
“ばいとのあんちゃん”というのは、この味坂銭湯で俺と同じように働いている髪の短い人間のメスだ。
背はうさみさんよりも高いけれど、うさみさんより若い大人になりかけのメスだ。
多分、アカやしろと同じくらいの年だろう。
俺が“ばいとのあんちゃん”と呼ぶと、ばいとのあんちゃんは『普通に呼んでください!』と怒る。
俺はばいとのあんちゃんの言う“普通”というのが分からず、ずっと困っていたが、最近になってやっとばいとのあんちゃんの言う“普通”が分かった。
俺は“ばいとのあんちゃん”というのがあのメスの名前だと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。
“ばいと”というのは俺やあんちゃんのように雇われている人間の働き方の事を指す言葉で名前ではないのだ。
働き方にも種類があるようなのだが、俺はまだそこまで詳しく知らない。
ただ、俺みたいな働き方をする人間はみんな“ばいと”なのだという。
俺は最初にうさみさんが『バイトのあんちゃんが来るまで~』と言っていたので、ばいとのあんちゃんが名前なのだと勘違いをしていたのだ。
“ひるいけゆうき”の名前を先生だと思い込んでいたのと同じ失敗だ。
同じ失敗を繰り返すのはれいてんのばーつより悪い事なので、これからはもっと気を付けなければと思った。
だから、こないだいつものように掃除終わりの俺に食べ物を持ってきてくれたばいとのあんちゃんに『いつもありがとう、あんちゃん』と正しい名前であんちゃんを呼べるようになった。
すると、だいたい俺の前ではほっぺたを赤くしてるあんちゃんが、その時はいつも以上に真っ赤にしていて面白かった。
お風呂は熱いから顔が赤くなるのは仕方ないけど、あんちゃんはお風呂から上がってもずっと真っ赤だから面白い。
面白いけれど、あんちゃんの作ってきてくれるごはんはなかなかおいしいので笑わないようにしている。
まぁ、一番はますたーの作るごはんだけれど。
あんちゃんは今日は何をくれるのだろう。
俺が風呂の中でぼんやりとそんな事を考えていると、静かだった風呂場の扉が勢いよく開いた。
いつも俺がお風呂に入っている時間は、まだ銭湯が開く前なので俺はいつも一人でお風呂に入っていた。
こんな事は今までなかったので、俺はどうしたらよいのか分からずオロオロと風呂の中で落ち着かなくなってしまった。
「……なんだ、お前だったのか」
俺が風呂の中であっちへ行ったりこっちへ行ったりしていると、急に先程扉を開けて入ってきた人間が俺に向かってそんな事を言ってきた。
しかも、その声はよく聞いた事のある声で。
「あー、しろかー。なんだー」
「なんだって何だよ」
白いタオルを腰にまきつけた変な格好で風呂場に入っていた。
白いタオルは頭の上に乗せて「ごくらく、ごくらく」するもので、腰に巻きつけるものではないと思う。
しろは風呂をよく分かっていないようだ。
けれど、俺は入ってきた人間がしろだと分かると途端に何だか嬉しくなり、風呂場から飛び上がってしろに駆け寄った。
先に体を洗う為の椅子に腰かけて、せんめんきにお湯を出している。
だから俺はしろの隣の椅子に腰かけると、同じようにせんめんきにお湯を溜めた。
俺は一回体は洗ったけれど、俺は綺麗好きな人間なのでもう一回体を洗う事にしよう。
「しろは何でここに来た?まだ銭湯開く時間じゃないよ?」
「……あー、家の風呂が壊れたから仕方なく。お前こそ、バイトの癖に客より先に風呂に入ってんなよ」
「風呂も壊れる事があるのかー。大変だねー」
しろは俺が話しかけている間、俺の方なんてみないでさっさと髪に白いのをつけてあわあわになり始めた。
俺も同じように髪に白いのをつけてあわあわにする。
これは危険なやつで目に入るととても痛いので、気をつけないといけない。
「お風呂なおる?」
「1週間くらいかかるって言われた」
「じゃあその間、味坂銭湯毎日くる?」
「まぁ、そうなるだろうな」
しろの言葉に俺はなんだか嬉しくなって、一気にシャワーを頭にかけた。
あわあわを落とす時は、せんめんきよりもシャワーの方が便利なのだ。
「しろが来るなら、俺も毎日そうじ頑張るよ。いつもより綺麗にするね」
「で、オメーは綺麗にした風呂で毎日一番風呂かよ。贅沢なやつ」
「だから、しろも今日みたいにお店開く前にきて一緒に入ろうよ」
俺は髪のあわあわを落として、しろの方を見ながらそう言った。
すると、しろはもう体をあわあわにしていた。
腰に巻いていたタオルで背中をごしごししている。
「今日はたまたまだっつーの」
「明日もたまたまかもしれないよ」
俺は立ちあがって体全体をごしごしするしろを見上げながら、ちょっと頑張ってしろを誘ってみる。
こうして誰かとお風呂に入るというのは、なんだかとても面白いし、嬉しい。
俺にとっては初めての経験。
だから俺はできればまた明日もしろとお風呂に入りたかった。
どうすれば、しろは明日も早く此処に来てくれるだろうか。
俺はちょっとだけ考えて「あ」と良い事を思いついた。
そして立ちあがるしろを見上げながら、俺は言った。
「りっぱなムスコさんですね」
「ぶはっ!はぁ!?」
俺の言葉にしろは俺の方を見てゲホゲホし始めた。
もしかしたら良く聞こえなかったのかもしれない。
だから、俺はしろのちんこを見てもう一回はっきりと言った。
「しろのムスコは大きくて立派だから、いっぱい子供作れるね!」
けれど、次の瞬間、俺は顔に熱いものを吹きかけられていた。
「ぶああ。うあああ!何するんだ!しろ!は、鼻にお湯がはいっぶああ」
どうやら俺は白にシャワーのお湯をかけられているようだ。
何て事をするのだろう。
俺はしろを褒めたのに。
なんてことだ。
「てめぇ!どこ見てんだ!このカス!」
「なんで!なんでしろは怒るの!俺は褒めたのに!ぶああ」
「ひとのモンを勝手に凝視してんじゃねぇよ!この変態が!」
へんたい。
また意味の分からない言葉が出てきた。
けれど、今は言葉の意味を考えている場合ではない、しろは未だに俺に向かってシャワーを向け続けている。
もういっぱい鼻にお湯が入ってきてしまった。
鼻が痛い。
俺はとっさにしろから離れると目をゴシゴシして、しろの方を見た。
すると、しろの顔は真っ赤になっていた。
しろなのに真っ赤。
まるで、俺に食べ物をくれる時のあんちゃんのようだ。
「どうして!ちんこが大きいのは男にとって良い事だって前にアカが言ってたのに!しろはちんこが大きいのは嫌なのか!?アカは俺にもみんなにもちんこが大きいのを自慢してきたぞ!」
そう、アカは俺が猫の時に噛みちぎろうとした“あの”ちんこを、人間の俺やますたーや皆に自慢してきた事がある。
『俺の自慢の息子を見せてやるぜ!!』と言って、アカが店でズボンを脱ぎ始めた時、俺はもう一回人間のオスの性器が見てみたくて『見たい見たい!』と言ったらアカは更に喜んでいた。
まぁ、結局俺もアカも、ますたーに『酔っぱらいは余所へ行け!』と店から放り出されてしまったけれど。
その後、アカは店の外で寝てしまったから、ちんこは見れないしアカを背負ってアカの家まで送っていかないといけなくなるしで、あの日は散々だった。
だから、人間のオスにとってチンコが大きい事は自慢な事だと思う。
それは猫にだって言える事だ。
立派な性器は子孫を残すのに大事なモノだから、とても良い事じゃないか。
なのに、どうしてしろはこんなに怒るのか、俺にはさっぱりわからない。
「アカって誰だ!そいつと俺を一緒にすんな!だから見てんじゃねぇぇ!」
「俺は褒めてるの!しろのちんこは大きいよって!アカより長い気がする!」
「うるせぇ!それ以上言うな!この変態野郎が!」
「ねぇ、そう言えば“へんたい”ってどういう意味?」
「……お前、ほんと。なんなんだよ」
しろは急に肩をガクリと落とすと、今まで俺に向けていたシャワーを自分に向かってかけ始めた。
体についていたあわあわが一気に落ちていく。
そんなしろを俺はじっと見つめる。
しろの耳はまだ赤い。
「でかくても意味ねぇよ」
「…………」
ボソリと呟かれたその言葉に、俺はそれまで自分の言っていた言葉を思い返した。
“意味が無い”
そう、しろは言った。
性器は子作りの時に使うもの。
逆を言えば子作りをしない性器は確かに大きくても意味はないのかもしれない。
俺みたいに。
俺には発情期がないから、子供は一人も居ない。
アカは息子だったけれど、でも俺の本当の子供ではない。
確かに、俺にとっても性器は意味のないものなのかしれない。
だから、きっと俺もちんこが大きいねと言われても嬉しくはないだろう。
「しろは自分の子供、作らないんだな」
「…………」
「俺もそうだよ」
「別に聞いてねぇよ、んな事は」
しろはシャワーのお湯を止めると、猫のように髪の毛をブンブンふってお湯を吹き飛ばした。
人間なのに、猫みたい。
もう、しろの耳は赤くない。
「俺達、おんなじだね」
「ぜんぜん、同じじゃねえよ」
ヒタヒタと静かな足音を立てながら、しろは風呂へ向かって歩き出す。
それを追いかけて俺もしろの後に続く。
「……お前と俺じゃ、ぜんぜん違ぇよ」
しろは俺に聞かせるつもりがないくらいの小さな声で、そう、もう一度言った。
その声が、なんだかとても苦しそうで、俺はもうこの話はしてはいけないのだと悟った。
だから俺は後に続きながら、しろの背中に向かって叫んだ。
「へんたいの意味教えて!」
その瞬間、俺はしろに頭を叩かれていた。




