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御免こうむります。  作者: はいじ


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一足先に、しろのおむらいす



「おいしそうなにおいがしてきたねー、ぼす」


「な゛ぁぁぁ」


俺は今、人間の姿での二度目となるしろの家に鼻を鳴らした。

だんだんと、おいしい匂いが部屋中に漂ってきている。

猫の時のようにヒクヒクは動かないけど、これはもうクセのようなものだ。

おいしいにおいは出来るだけたくさん鼻の中に入れたいから。


隣に座っているぼすも、見た事のあるその場所に大した警戒心もなく部屋のいたるところをウロウロしている。

そして、ふんふんしている。


「ごはん楽しみだなー」


俺とぼすは二人で“てれび”のある広い部屋にいる。

この“てれび”はすごくて、こんなに小さい四角にたくさんの人間が入っておしゃべりをしたりするのだ。

俺はしろと二人でよく“てれび”を見ながらごはんを食べていたりしたから、ここは俺のお気に入りの場所だ。

“てれび”がよく見える。


「……………」


そして、その“てれび”のあるその奥の方ではしろが何やらガチャガチャ言わせながらおいしいのを作っている。

これは俺が猫の時よく見ていた光景だ。

俺はお行儀よく“てれび”を見ながらしろのごはんを待って、しろは俺に背をむけておいしいのを作る。

これがいつものしろの家でのごはんだ。


なのに。


「…………おい」


しろはというと、俺の言葉を聞くやいなや振り返って俺とぼすの顔を見るとはぁと大きな溜息をついた。

どうしたのだろう。

ごはんが失敗したのだろうか。

それは、とてもいけない事だ。


「どうした?しろ、ごはんしっぱいしたのか?」


「……いや、つーかお前」


しろは何だか疲れたような顔をすると口をもごもごさせた。


「……いや、俺はなんでコイツをまた家まで連れてきたんだ?」


しろは心底不思議だというように俺から視線を逸らしながら呟いている。

しろは一体今更何を言ってるんだろう。


“なんで?”

そんなもの、しろがやさしいからに決まっているじゃないか。

やさしくない人間は他人にごはんなんかくれない。

簡単な事なのにしろはそんな事もわからないのか。


「しろがやさしいからだよ」


「……っ」


俺の言葉に一瞬だけ目を大きく開いたけど、またすぐにその目はいつもの細い目に戻った。

そして、また溜息。


「……なんだよ、お前。ほんと、わけわかんねぇ」


どうして、しろは今日は溜息ばかりつくのだろう。

今日のお気に入りなのだろうか。


「その猫、元気になったんだな」


しろは俺から顔を背けてまたしてもごはん作りに戻ると、呟くようにそんな事を言った。


そういえばそうだ。

こないだ、ぼすをしろに助けて貰った日の朝。

猫に戻ってしまったせいで、俺はぼすを置いてその場から逃げてしまった。

まぁ、あれはぼすが俺を見て威嚇してきたせいでもあるんだけど。


しろは人間の俺が居なくてもちゃんとぼすを元気にしてくれた。

そういえば、俺は、その“ありがとう”をまだしろに言っていない。


「しろ、ぼすの事元気にしてくれて、どうもありがとう」


「……別に」


俺が“ありがとう”を言ってもしろはこっちを見てくれなかった。

がちゃがちゃしておいしいのを作っている。


「ぼすー、しろはやさしいねー」


『ここはアイツの匂いがして気にくわねぇな』


俺が話かけてもぼすは部屋のいろんなものをふんふんしてご機嫌ななめになりつつあった。

聞かなくてもぼすの言う“アイツ”が誰の事なのかすぐにわかった。

俺だ。


いや、だって仕方が無いじゃないか。

俺はしろの家によく遊びにくるし、ぼすの嫌いな“アイツ”はそもそも“俺”なのだから。

俺は落ち着きなく匂いをかぐぼすに、またしても顎の下に手をやった。


すると。


「な゛ぁぁぁぁ」


「ぼすはいいこのつよいこ、いいこのつよいこ」


俺はフンフンと勝手に歌をうたうみたいに言った。

すると、それまで『嫌な匂いだぜ』と爪を立てていたぼすがゴロンと横になる。

本当にぼすは顎の下が大好きだ。

ごろごろ言って今にも寝てしまいそうな顔になっている。


「いいこつよいこ、つよいこいいこ」


「くふぅぅ」


“いいこつよいこ”

これは俺が今作った自分の歌だ。

歌は猫の俺でも簡単に作れるからいいと思う。

ちょっとだけ、さっきせんせいに教えてもらった怖い怖い「はりせんぼんのます」の音に似ているけど、ちょっと違ったふうに歌っているから、これは俺の歌。


初めての俺の歌だ。


「しろのおうちでごはんをたべよう。いいこのぼすとごはんをたべよう。やさしいしろのごはんをたべよう」


勝手に作って歌っていたら、どんどん歌の言葉が増えていった。

なんだか楽しくなってきた。

俺はふんふん言いながら、のびのびに伸びるぼすの体を撫でてどんどん歌った。


「しろのごはんはおいしいごはん。おいしいごはんはやさしいごはん。だいすきすきのしろのごはん。俺のだいすきしろのごはん」


俺が「ふふふ」と笑いながらぼすに向かってヒソヒソ歌っていると、突然俺の目の前に影ができた。


「……変な歌うたってんじゃねぇよ。キメェ」


「きめー?」


きめーってなんだろう。

そう、俺が突然現れたしろに向かって顔を上げると、そこには変な顔をしたしろが立っていた。なんだか、少しだけしろの耳が赤い気がする。

しろなのに耳だけアカだ。

へんなの。


そう俺が思った時。

俺はしろの手にある白いお皿を見て今までで一番鼻がヒクヒクなるのを感じた。


「ごはんだー!」


「……はぁ」


「しろ、それ俺のー!?」


「………はぁ」


しろは俺の言葉を全部無視して溜息ばかりついた。

いくら今日のお気に入りだからって、溜息ばかりつかれは全然おしゃべりにならない。

俺は耳をアカにして溜息ばかり吐くしろに、もう一度「ねぇ」と声をかけようとした時。


「ほら」


しろは短くそう言うと俺の前にお皿を置いた。

そこには黄色の横長の丸いふっくらしたものが乗っていた。しかもその黄色の上には赤い色のものがかかっている。

これは初めて見る。

しかも、とても良いにおいだ。


「うわぁっ。なにこれー!すごいなぁっ!」


「何コレって。オムライスだよ。見てわかんねぇ程不格好じゃねぇだろうが」


「おむらいすかー!」


俺はしろの言う“おむらいす”という黄色とアカの初めて見る食べ物に顔がにこにこになってしまった。

おむらいすの横にはすぷーんが置いてある。

すぷーんは俺も使えるやつだから良かった。


人間はごはんを食べるのにいろんな道具を使う。

中でも“おはし”という2本の棒で食べるやつは難しくてこまる。

けど、この先が丸いすぷーんなら俺も上手に食べる事ができるから好きだ。


「ぼすー!ぼす見てよ!これ!おむらいすだって!すごいねぇ!」


『なんだこれ。変なやつだな』


俺は先程まで寝むそうに横になっていたぼすを抱っこすると、机の上に置かれた“おむらいす”を見せてあげた。

しかし、ぼすは特に“おむらいす”には興味がないようで何回かフンフンと鼻をならすと、すぐに俺の膝の上から下りた。


「なんでー?こんなにおいしそうなのに、ぼすは変わってるなぁ」


「お前が一番変わってるだろうが」


俺が地面に下りて、またいろんな場所をふんふんし始めたぼすい首を傾げていると、同じように自分の分の“おむらいす”を持ってきたしろが俺の前にその皿を置いた。

しかも、何やらしろはもう一つ皿を持っているようで、それはまだ手に持ったままだ。

何だろうあれは。

もしかしたら、しろは2つ“おむらいす”を食べるのなのだろうか。

それはずるい。


そう、俺がしろの手にあるもう一つの皿を凝視していると、しろは呆れたような顔で俺を見てお気に入りの溜息をついた。


「これはその猫の分だ。コイツ、怪我した時も俺の作ったモン、牛乳しか飲まなかったからな」


しろはそう言うと部屋の中をふんふんして回るぼすの前に、手に持っていたお皿を置いた。

すると、ぼすはその瞬間目を輝かせてお皿に顔をつけた。


『おおっ!これは、あのウマイ水じゃねぇか!ここはこれしか食えるヤツがねぇからな!良かったぜ!』


ぺちゃぺちゃと音を立てて牛乳を舐めながらぼすはピーンと尻尾を上へと伸ばした。

俺の匂いを嗅いで機嫌の悪くなりかけていたぼすの気分は、これでまたしても上昇したようだ。


『やっぱこれは、ウメェな!良い味してるぜ!』


それにしても、こんなにおいしいご飯よりも牛乳が好きなんて、ぼすは本当に変わっている。ぼすだって、俺と同じ大変な猫だ。

そう、俺が尻尾をピーンと尻尾を立てたぼすの後姿を見ていると、皿を差し出していたしろが何やらとても優しい顔でぼすの頭をそっと撫でた。


あ。


俺は思わず目をパチパチさせて、体中がぶわっとするような気持ちになった。

だって、この顔は俺を、猫の時の俺を撫でてくれる時のしろの顔にそっくりだったから。

俺を撫でる時と同じ顔で、しろはぼすを撫でる。

しろは、俺じゃなくてもこんな顔をして他の猫を撫でるのか。


「…………」


俺はなんだか変な気持になった。

お腹の下の方に何かズンとしたものが入ってきたような気持ち。


「コイツ、元気になったみたいで良かったな」


「……うん」


しろの言葉に俺は小さく頷く事しかできなかった。

本当は“ありがとう”を言わなければならないのに。

俺はどうしたのだろう。

間違って石を食べてしまったみたいに、お腹が重い。


「……お前もさっさと食え」


「……うん」


俺は未だにぼすを撫でるしろを横目に、すぷーんを手に取った。

どうしてだろう。俺は昨日間違って石を食べたのだろうか。

いいや、そんな筈はない。石なんか間違って食べるわけない。

あんなまずそうなもの。


俺はそんな変な事ばかりを考えていたので“いただきます”を言うのを忘れていた。

お腹がごろごろズンズンする変な気持ち。

よくわからない。

俺はびょうきなのだろうか。


「……あむ」


びょうきなのだろうか。

なんて思いながらも、俺はお腹がぺこぺこだったのでいつの間にか“おむらいす”を口に入れていた。

その瞬間。

俺はお腹の中のごろごろがなくなって一瞬にして顔がにこにこになってしまった。


「おいしーおいしーっ!うーっ!」


俺は思わず叫んだ。

こういう事、俺はよくある。猫の時も人間の時も。

楽しすぎたり、嬉しすぎたり、おいしすぎたりすると、俺は無意味に鳴いてしまうのだ。


“おむらいす”は凄かった。

きいろの中は赤の色のついた“ごはん”だった。

その“ごはん”は不思議でいつもの白じゃなくて赤だった。

ここでもしろがアカになっていた。


しかも、そのごはんの中にも小さく刻まれた何かが入っている。

何かはわからないけど、食べるとしゃきしゃき言う。

外の黄色と赤と一緒に食べると、しあわせな気持になった。


「うーっ!うー、すごいーっ!」


「………黙って食え」


俺が無意味に鳴きながらごはんをもぐもぐ食べていると、しろはまた呆れたみたいな顔で俺をみていた。

しろの手元にでぺちゃぺちゃ牛乳を飲んでいたぼすもびっくりしたみたいに俺を見ている。

その瞬間、俺はある事を思いついた。


俺はぼすとアカの前までお皿をもって移動して、ぼすに見えるように“おむらいす”を口に入れた。


「ぼすー、ほら見てー。俺もごはん食べてるでしょう?俺は自分のごはんは自分で食べれるんだよー?」


「にぃ?」


俺の言葉にぼすは小さく鳴いて俺の目を見ている。

あ、ぼすは俺の言いたい事が全然わかってない。

そう、俺はすぐに分かった。

だって、ぼすは「にぃ」と鳴きながら『なんだ、どうした?これが欲しいのか?』と、まるきり違う事を言ってきたのだ。


しかし、俺は諦めなかった。

こうして俺がおいしそうにごはんを食べている所を見せれば、きっと、きっとぼすだってわかってくれる筈。

そう信じて、俺はぼすの前でもぐもぐを繰り返す。


「……お前、何してんだよ。普通に座って食え」


「今、俺はぼすに俺が大人である事を教えてるところなの」


「……はぁ?」


俺は真っ向からぼすに向き合って目の前でごはんを食べていたから、その時しろがどんな顔をしていたかは分からないけど、多分変な顔で俺を見ていたに違いない。

しろは俺とぼすの様子を隣で見ながら「意味がわからん」と溜息と共に言ったのだ。


まったく、しろは大人になりかけの人間なのに分からないなんて。

もう、まったくもう。


「だーかーらー」


だから、俺はごはんを食べながらしろに説明してあげた。

いつもぼすが俺にネズミとかスズメを持ってきて貰って困っている事。

ぼすが俺を餌も取れない子供扱いをしてくる事。

今日もネズミの死体を持ってこられた事。

そういうのを、俺はぼすに大人である事を見せながら、しろにも説明してあげた。


ちょっとだけ、俺も先生みたいに説明できたんじゃないかと思う。

にこにこになりかけてしまった。


「だからー、俺はぼすに自分のごはんは自分で食べれる大人なんだぞって事を教えてあげてるんだよ。しろ、わかった?」


そう俺がいつの間にか食べ終えてしまった皿を片手に隣に座っていたしろを振り返ると、そこには口元を手で覆ってヒクヒクするしろの姿があった。

また、このしろだ。

また耳がまっかっかだ。


「おまっ、ほんと……変な奴っ」


「…………しろ。また、わらってる?」


しろはヒクヒク言いながら笑っていた。

物凄いにこにこだ。

しろは本当に訳がわからないところで大笑いになるから変だ。

こないだなんか、野生の厳しさを歌った「いぬのおまわりさん」の歌を聞いて笑っていたし。


しろは本当にへんな奴だ。


俺はまたしても「くっは」と苦しげに笑うしろの姿に、よしよしと背中を撫でてあげた。

しろは猫の俺の前ではこんな風には笑わない癖に、人間の俺の前だとすぐにこんなになる。


そう考えると、なんだか先程感じていたお腹のごろごろが逆にふわふわになった気がした。

しろは俺と居ると大笑いしてくれる。

なんだか、それが嬉しくてたまらなかった。


「ったく、お前は俺を笑い死なせる気かよ」


「笑い過ぎると死ぬの?」


「ばか、死ぬわけねぇだろ。くくっ」


しろは目の端っこに水を溜めて、俺を見てまた笑った。

俺はずっとしろの背中を撫でている。

大きくて、あたたかい、しろの背中だ。

撫でているのは、人間の俺の手。


「お前見てると、ほんとに、猫と喋ってんじゃねぇかって思えて……笑える」


「喋ってるんだよ。本当だよ?」


言いながら自分の手で水を拭うしろに俺は何だか少しだけはもどかしい気持ちになった。

しろだって俺と喋ってくれるのに。

言葉が分からなくても、気持、わかってくれるのに。


「…………そうか」


そう、最後に静かに口にしたしろの横顔は、なんだかとても寂しそうで。

俺はもうひくひくしていないしろの背中を、しばらくずっと「よしよし」と撫でていた。



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