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御免こうむります。  作者: はいじ


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一足先に、大人の顔と子猫の顔

飼い猫が飼い主にこうして自分の獲った獲物を誇らしげに見せに行く事があるらしい。


人間はそれを「みてみて、とれたよ」という猫側の飼い主に対するかわいらしいこどもの自慢のようなものだと思っているようだが、それは違う。

そうやって獲物をもって飼い主に持っていく多くは、逆に飼い主を“こども”だと思っているのだ。


自分の獲物も自分で獲る事のできない小さな“こども”。

猫にとっても、人間にとっても互いは互いが小さな“こども”扱いをしている事に気付かない。


もし、人間に猫の言葉がわかるならば、猫に人間の言葉がわかるなら。

どちらか片一方がわかるだけじゃダメだ。

両方わからなきゃ。

きっと両方が、お互いがきちんとお話できれば勘違いは生まれないと思う。


だって。


『ほら、早く食え。お前は自分じゃなにも獲れないヤツだからな。特別だ。飢え死にするぞ』


「ぼすー。俺それいらないよ。大丈夫だよ。自分のは自分のごはんは自分で獲れるから」


『食えないのか?仕方ねぇやつだな。俺が小さくしてやるから食え』


「ぼす……いいよ、小さくしなくて。自分でお食べよ」


俺は目の前で小さくカミカミされ始めてた太ったねずみの死体に顔をうへぇとさせてしまった。

最近、猫でも人間でもずっと人間の傍で過ごしているから、こういうのが苦手になってきた。


野良としてそれはどうかとも思うが、今は人間なので許してほしい。


最近、ぼすは人間の俺を見つけるといつもこうだ。

もちろん、猫の俺をみつけると喧嘩をふっかけて追いかけられるのだが。

だが、人間の俺には猫撫で声で、俺にすりすりしてくる。

すりすりだけじゃなくて、俺がすりすりするのも許してくれる。


これはぼすにしてみれば凄いことだ。

ぼすは野良のなかの野良のような猫だから、人間や他の猫に自分の腹を見せるような事は絶対しない。

けれど、人間の俺にはさせてくれる。


どうやら人間の俺はぼすのお気に入りになれたようだ。


だからだろう。

ぼすはこうして何度も俺にごはんを獲って来てくれる。

俺としては、とても困っているのだけれど。


『ほら、小さくしてやったぞ。早く食えよ』


「ぼす、ぼす。俺それいらないよ。だいじょうぶ、自分のごはんは自分でとれるよ。俺もこどもじゃないから」


そう言ってきらきらの目で俺を見てくるぼすに俺はいつものようにぼすの好きな首の下をそっと撫でた。

すると、それまできらきらの目をしていた目がうっすらと閉じられる。


「な゛ぁぁぁ、な゛ぁぁぁ」


「ぼすはいいこだね、いいこ、いいこ。つよいこ、いいこ」


俺はぼすに鼻を近づけながら囁くように言った。

こうすると、ぼすは獲って来たネズミの事など忘れてゴロンと俺の前で腹を見せてか細く鳴くのだ。


猫には二つの顔がある。

特に飼い猫なんかそうだが、外では大人の顔をしているけれど、家に帰って飼い主を前にすると、途端に子猫に戻ってしまう。


アカも昔はそうだった。

俺の見ていないところでは、他の猫に喧嘩を売ったり発情期にメスに交尾を迫ったりというのが日々行われていたようだ。

アカは俺がそれを知らないと思っているようだが、俺だって昔は縄張りの主だった猫だ。


アカがどこのオスと喧嘩して勝ったとか、どこのメスと交尾したとか。

そういう知らせは知ろうとしなくても入ってくる。


他の猫からそういう話を聞く限り、アカはそうとう立派なオス猫だったようだ。

俺があまり縄張りの主としての行動ができていなかったせいで、生まれたばかりの子猫や余所者なんかはアカが縄張りの主だと思っていた程だ。

俺には発情期はなかったから子は居ないが、ここら一帯にはアカの子孫がたくさん居る。

強い猫は、それだけ多くのメスと交尾できるのだ。


けれど、どうだ。


(兄貴―!兄貴―!)


俺のところに帰ってきた時は、そんな顔ぜーんぜん消えてなくなって、ウソみたいに子猫のままだった。

子猫のように俺にじゃれて、腹に吸いついて、甘えてごろごろする。

それが猫だ。


外で強いオスの顔を持っていれば持っている程、きっとお腹の中ではあまえんぼうのこねこの顔も大きいのだ、と俺は思っている。

ぼすは今まで強いオスの顔しか出せなかった。

だから、今やっとすこーしだけ俺にあまえんぼうのこねこの顔を出しているのだ。


「よしよし、つよいこ、つよいこ、いいこのぼすはつよいこ」


「にぃぃぃ」


俺はそーっとぼすをだっこした。

本当は猫はだっこは嫌いな事が多いのだが、ぼすは人間の俺と最初に会った時怪我をしていて俺に長い時間だっこされていたから、何故かあまり嫌がらない。

よしよししながら俺はぼすをお腹のところでだっこすると、そーっとその場を離れた。

足元にはぼすがぐちゃぐちゃにしたネズミの死がいがある。


さよなら、ふとったねずみの死がい。

どうか他の猫に食べられてください。


「ぼすー、俺ごはんは自分で食べれるんだよ?知ってた?」


「な゛ぁ?」


俺がぼすに語りかけると、ぼすは片方だけの大きな丸い目で俺を見てくる。

最初はあまり目を合せてくれなかったけど、最近は随分俺の目をみてくれるようになった。

ぼすも人間のしきたりに慣れてきているような気がする。

俺にはそれがちょっとうれしい。


「ぼすも俺がごはんを食べてるのを見れば信じてくれるのかなぁ」


「にぃ」


俺はどうしたらぼすが俺にごはんを持ってこなくなるようになるのか考えた。

ぼすの前で、俺もおいしそうにごはんを食べたらいいのかな。

そうすれば、ぼすも俺が飢えたりしない事がわかるから大丈夫なのかな。


「でも、今おれなーんにも持ってないしね。おかねもないし」


「にゃあ」


ぼすが不思議そうなこねこの顔で俺を見てくる。

ぼすは知らないかもしれないけど、人間の時のごはんは猫の時のように甘くないんだ。


そう。

人間の時のごはんは猫の時のように甘くない。

俺は人間になったり猫になったりする上で、そういう人間でのごはんの難しさを知った。

猫の時は“ごはんをくれる人間”を複数決めていればなんとかなる。

甘えて鳴けば、しろやミソノサンや他にもいろんな人間が俺にご飯をくれる。


けれど、人間の大人の俺がそんな事をしたってだーれも知らん顔だ。

俺が人間としてごはんを食べるには“はたらいて”“お金”を貰わないといけない。


「にんげんはね、はたらかないと生きていけないんだよ。猫とちがってね」


「に、にー」


だから、人間にはたくさんの種類があるのだとその時、俺は初めて知った。

これは、せんせいやうさみさんから教えてもらった事だ。


人間はお互いに“あればいいのにな”と思う事をお互いにばらばらにやって、それを“しごと”にしているらしい。

そして、“あればいいのにな”を他の人にしてあげると“お金”がもらえる。

人間は、そのお金でごはんを買ったり、住む場所を買ったりするそうなのだ。

人間の“はたらく”は生きる為にある。


俺達の“狩り”と似ているようで、でも大きく違う。

狩りは自分のごはんを自分で獲る事だけど、“はたらく”で貰えるのは“お金”だ。

ごはんじゃない。


この“お金”というヤツがまた変なやつなのだが、お金のくわしい事は俺にもまだわからない。

ペラペラの紙や、キラキラ綺麗な固い丸いのが“お金”なのだが、なんと、ペラペラの紙の方がよりたくさんのご飯を変える力がある。

キラキラの方が弱いのだ。


俺にとってはきらきらの固い方が凄いのに。


それに、紙でごはんが食べれる理由もまだわからない。

ただ、俺はあの後も何度もうさみさんの銭湯でお風呂掃除をしたり、ばいとのあんちゃんに習って“うけつけ”をしたりした事があった。

その時うさみさんに“お金”を貰ってそういうのを知ったばかりだから、俺にはまだお金の意味やしくみはわからない。


けれど、そのお金を持ってますたーのところに行ったらごはんをくれた。

逆にいえばこれがないとますたーはごはんをくれないのだ。

なんでますたーはこんな紙が欲しいんだろう。

いや、ますたーだけでなく人間はこの紙や丸を欲しがる。


なぜなぜ、不思議だ。


だから、今度詳しくせんせいかうさみさんに聞いてみようと思う。


「ぼす、お腹すいたね」


「な゛ぁぁぁ」


お金は渡瀬神社に置いて来た。

今日は帰って“まぎょう”の後を練習するつもりだったから。

今日はうさみさんの“お手伝いの日”じゃないから“お金”はもらえない。

“お金”がなければ、ますたーのごはんは食べられない。

腕の中にはぼす。


さぁ、どうしよう。

俺はお腹がすいたぞ。

そう、俺のお腹がぐうぐう鳴り始めた時だった。


「あ……お前、こないだの」


俺は後から声をかけられていた。

毛がまっしろで、いつも猫の俺に優しくしてくれる。


「しろ」


しろだ。

俺はしろを見た途端、今までの自分の中の“大人”のすっぽーんと顔がなくなるのを感じた。


猫は二つの顔を持っている。

大人の顔と、あまえんぼうのこねこの顔。


「しろー、お腹すいたー」


「……はぁ?」



俺は猫の時、いつだっていつもいつも。

しろの前ではあまえんぼうのこねこの顔だった。


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